日本交通科学協議会(大久保堯夫会長)は第41回「交通科学安全セミナー」を東京・品川区の昭和大学病院で開いた。わが国の交通事故死者数は年間4500人を切るレベルに減少したが、歩行者や高齢者の事故比率が高まるなど、交通弱者対応が求められている。こうした中、セミナーでは先進的技術システムの有効活用を図ることにより、歩行者事故低減を目指すべきなどと提言した。
自動車の先進技術システムを有効活用した交通事故低減への取り組みは、交通安全環境研究所の松井靖浩氏の研究報告、芝浦工業大学の古川修教授を座長にしたシンポジウムなどで提案された。
松井氏の講演は「ニアミスデータの活用と展望」をテーマに、車と歩行者のニアミスデータの活用事例を通じて自動車事故の大幅低減を訴えかけた。研究報告では、まず富士重の先進運転支援システム「アイサイト」を使って前方に危険を感知した時の運転者の動作をチェック。歩行者を検知すれば3秒前に警報で知らせ、そのあと1・4秒前に徐々に、最終的に急ブレーキがかかる性能どおり成果を得ることができ、このような「車が増えれば事故減少に効果がある」と述べた。
これをスタート点に、ニアミスデータを活用して交通事故を大幅に減らせないかを検討した。歩行者の死亡事故の70%以上は車の前を横断中に起こっており、これを検知するシステムが開発できれば可能性が広がる。そこでニアミスデータを分析し、歩行者の行動パターンを追った。
データ分析は、タクシー車両に搭載した「ドライブレコーダー」を活用。ヒヤリハットデータベースを基に得られた画像から、歩行者と車両前端までの距離、危険認知速度、その相関関係などを算出、危険な状態を想定した。映像の中には、建物の物陰から飛び出し、回避するのにわずか1秒の余裕しかないケースなどが多数見られた。しかも、こうしたヒヤリハットの飛び出しの場合は、通常の横断に比べて歩行スピードが速くなることが分かった。
松井氏によれば、こうしたニアミスは一歩間違えば「重傷事故や死亡事故につながる」ケースが少なくないとし、将来的に車の前方の「タテ、ヨコの方向を検知するシステムを開発すれば事故が劇的に減少する」と提案した。また、並行して実験した現行車による衝突のコンピューターシュミレーション分析で、スピードを時速30キロメートル以内に下げれば、セダン、SUV、軽自動車とも被害が軽減できるとした。
シンポジウムは「安全運転のための先進的新技術システムの開発」をテーマに実施。座長の古川教授が先進安全自動車(ASV)を中心に全般的な安全対策を解説したあと、トヨタ、富士重、ホンダの開発担当者からそれぞれメーカーの取り組み、パネルディスカッションが行われた。
古川教授は、25年以上にわたって産官で開発が進められているASVについて成果や実用化の進展を述べる一方で、本格的な普及へ向けて課題が多いことを強調した。具体的には「普及のための低コスト化や適用範囲の拡大、1台だけでなく多数車両による協調型運転支援などが求められる」と指摘した。
トヨタの井上秀雄FP部主査は、車線逸脱防止支援システムや歩行者や障害物との衝突を回避または被害を軽減するプリクラッシュセーフティーシステムなどを06年に「世界に先駆けて製品化した」と述べた。ただし、トヨタの場合はレクサスなど高級車から搭載を始めており、普及率は極めて低いのが実態。このため、今後低コスト化などが不可欠としていた。
一方で、明日の対策として人工知能を活用した安全技術対策に産官学連携して取り組んでいることを明らかにした。例えば「(人が飛び出す)かもしれない運転を認識し、ヒューマンエラーを減らす技術」などだ。
富士重の喜瀬勝之先進安全プロジェクト・シニアマネージャーは、スバルの先進運転支援システム「アイサイト」について解説した。アイサイトは累計10万台販売するヒットとなったが、これが達成できたのも試行錯誤しながら現在の第5世代へと機能を高めたこと。それと低コスト化を実現したことだ。
ホンダの里村昌史システム検討WGリーダーは車車間通信の取り組みについて説明した。ホンダは二輪車を手がけていることもあり、通信システムを利用して出会い頭や交差点での衝突事故の未然防止に取り組んでいる。すでに米国などで実用化へ向けた実験に取り組んでおり、里村氏は「単独でなく協調システム、さらに国際連携できるシステムでなければならない」と強調した。
なお、日本交通科学協議会は4月から一般社団法人名を「日本交通科学学会」へ変更する。