自動車メーカーの国内販売施策で長年の課題となっている既納客への用品需要の開拓に、トヨタ自動車が取り組んでいる。その一つが、車両の購入後に機能追加などができる「アップグレードセレクションズ・バイ・キントファクトリー」だ。ディーラーの敷居の高さや価格競争力の面で、カー用品の量販店などに流出していた需要を囲い込む狙いだ。
既納客への用品販売は、自動車メーカー各社が過去から何度もトライしてきた取り組みだ。トヨタ自身が2013年に始めたカー用品の通信販売「ハピカラ」事業も、その一例だ。小売り店などと比べ、ディーラーは用品を取り扱っているというイメージが薄い。加えて、「新車購入時と比べて財布のひもが固くなる」(当時のトヨタの担当者)傾向にあり、安価な汎用品を取り扱うところに向かうユーザーが少なくない。「ディーラーにわざわざ用品を買いに来る人はいない」(同)と考え、用品販売の間口を広げるため通販に参入した。
ハピカラでは、「フランフラン」や「ベルメゾン」といった純正用品で従来扱ってこなかった女性向けブランドとの協業した用品類などを販売するなど力を入れた。注文の受け付けや引き渡し、取り付けの拠点になるディーラー側も、店頭での展示スペースを作るなどして協力。ハピカラの利用が増えれば、手数料収入や顧客との接点が増える計算があった。しかし、想定通りに事業が成長しないまま、18年にサービスを終了した。
ディーラーでは、用品自体が売れていないわけではない。純正用品は車種別に専用設計されているものも多く、品質や性能面で利がある。少々値が張っても、車両購入時ならばローンに組み込めることから、新車や中古車の商談時では拡販のチャンスが大きい。一方、既納客になると、これらのメリットが生かせず、用品の小売店などにユーザーが流れやすくなってしまうのが実態だ。このため、納車後に高額な用品を購入する顧客は、モータースポーツやカスタマイズ好きなど一部にとどまる。
過去の失敗からトヨタが行き着いた結論が、「自動車メーカーならではの商品力」(アップグレードセレクションズの担当者)だ。インターネットで申し込み、販売店で装着するスキームは、ハピカラと同様だが、新車を購入した後に発売された機能や装置を後付けすることで「なるべく新車に近い価値を維持し続ける」(同)という切り口はこれまでなかった。ソフトウエアの更新によるスライドドアの開閉速度調整など、市販品のメーカーでは発売しにくい商品なども特徴的だ。
新しいアフター収益を獲得する必要性を販売会社に理解され始めたことも、新サービスの導入拡大の追い風になりそうだ。13年当時と比べ、中古車や金融商品などバリューチェーン収益は増加したものの、今後は国内の保有台数が減少に転じ、既存の収益源だけでは安定した経営が難しくなる。販売店が新車販売で得るマージン(利ざや)率も原材料価格などのコスト上昇で以前と比べると下がった。
整備士不足などを背景に作業負担が増えているものの、着実にサービスを導入する企業数は増えており、22年に6社7都道府県で始めた同サービスは25年に入って急速に拡大した。8月時点では77社37都道府県に増え、年度内には全都道府県に取り扱い店舗網が広がる見通しだ。
もちろん、いくら商品力が高い用品を発売したとしても、既納客向けの用品販売で中古車や整備以上の収益を一朝一夕で得るのは容易ではない。ただ、「経営状況が良い今のうちに一つひとつ仕込んでいなければ、30年時点で黒字を出せる保証はない」と、東日本のトヨタ系販社首脳は既納客向けの用品販売を将来の収益源の一つに位置付けている。
(水鳥 友哉)


