7月から各港で混乱が起きる可能性も(写真はイメージ)

年間150万台を超える日本の中古車輸出などをめぐり、7月に全国各地の港で混乱が起きる可能性が高まっている。福島第一原発事故の後、船積みする中古車全てで放射線量検査が続くが、政府は事実上もう検査は必要ないとの見解を今年1月に示した。輸出事業者らは7月から検査料の支払いはしないと通知したが、港湾業者の労働組合は政府方針を無視。安全のため、検査しない車は運搬を拒否する構えで「チキンレース」になっている。政府は事実上傍観しているが、混乱になれば無作為の責任も問われることになりそうだ。

「もう、国土交通省が介入しないと解決しない」。日本中古車輸出業協同組合(JUMVEA)の、佐藤博理事長はこう話す。

一方、国交省の澤田孝秋・港湾経済課長は「我々としても混乱は望んではいない。仮に混乱が発生し、港湾運送事業法令に抵触するような事態が生じた場合は、法令に則った必要な対応をとる」。「混乱が起きないよう関係者らが最善の努力をしてほしい」と話す。ただ、具体的な働きかけはしていないようだ。

中古車輸出を所管する経済産業省の是安俊宏・自動車課長補佐は「現時点で(取材に)答えられることはない。業界とはコミュ二ケーションを続ける」としている。

JUMVEAによると、労組の方針が変わらないため、輸出の手続きなどをする通関業者の中には「検査費用の負担に同意しない輸出業者の車両の保税倉庫搬入を拒否する」と表明する業者もいるという。

JUMVEAは、通関業者や港湾業者(労働組合を含む)が車両の入庫や運搬を拒否した場合は損害賠償を請求し、場合によっては民事訴訟を起こす方針を決めた。

検査料は地域で違い、1台700円から1500円程度。ガイガーカウンター(放射線測定器)で、放射線が残りやすいとされるゴムの部分(フロントガラス、タイヤ回り、ワイパーなど)を中心に調べている。

JUMVEAや日本陸送協会(会長=北村竹朗ゼロ会長)の会員企業らは年間数十億円を負担する。これまでは検査料の一定部分を東京電力が補償してきたが6月で止める。その原資には電気料金や税金の一部が使われてきた。

そもそも、この検査は法律などで決まったものではない。震災直後、港運業界の団体の日本港運協会(日港協、久保晶三会長)と、2つの労働組合の「暫定的確認書」により始まった。費用負担は輸出業者(その後船で車を国内移動させる陸送業者にも適用)に負担させることにした。業界も当初はやむを得ないと受け入れていた。

原発事故直後は、基準値を超える放射線量が検出された車は多く見つかったが、次第に減少。2018年は48台となり、事業者まとめのデータは19年からは公表されなくなった。地元の事業者と覚書を結んだ川崎市は現在も公表しており、19年度以降、25年6月上旬までに122万台超を検査したが、基準値超えの放射線量が検出された中古車はゼロとなっている。

検査をめぐる民事訴訟の東京高裁確定判決(2017年9月)でも、科学的見地から港湾労働者への健康被害は考えにくく「すべての中古車の放射線量検査の必要性は認められない」との司法判断が出ている。

それでも検査が続いてきたのは、港湾労働者が車の運搬を拒否してビジネス上のトラブルになれば、輸出先などの信用を失うためだ。

政府が1月、この検査は不要であるという見解を事実上示したのを受けて、支払拒否に踏み切ることにした。

ただ、政府の方針は、東日本大震災の風評被害の払拭を進めていくという24年3月の閣議決定を根拠にしており、法的な強制力はない。そのため、労組側は無視している。「基準値を超える放射線量がつく車が出てくる可能性はゼロではない。そんな車を仲間(労働者)に運ばせることはできない、と労組幹部は話す。日港協側は検査を止めようとしたが、労組が言うことを聞かず、19年にさじを投げた。

政府も「労使間の件に介入はしにくい」と及び腰だ。

労組側は、なぜここまで中古車の放射線量検査にこだわるのか。

この検査をしているのは、業界に指定された特定の幾つかの検査団体等。検査団体の労組の多くと港湾事業者の労組は、東京・蒲田のビルで同居しており、近い関係にある。JUMVEAや日本陸送協会側の中には「14年続く巨額の収入を手放したくないからだろう。その金がまたどこかに流れているのではないか」との見方もある。

この見方について労組側は全面否定している。これまでに取材に応じた検査団体も「我々は検査の依頼があるからやっているだけ。検査料は全体の収入の中でみれば大きくはない」などとしている。

(小山田 研慈)