車両の放射線量検査(デモ)

 東日本大震災に伴う福島第一原発事故の後、船積みする中古車の放射線量検査が今も続く問題で、東京電力ホールディングス(HD)は、検査費用の賠償を2025年7月から事実上、廃止する方針を関係者に伝えた。国土交通省と経済産業省が検査の廃止を事実上、求める文書を1月に関係団体に出したことを受けたもの。ただ、実際の決定権を持つ労働組合(労組)は検査を続ける方針を示す。政府方針に法的な強制力がない中で、いつ、どのように決着するか見通せない状況になっている。

 東電HDの通知によると「輸出国等からの放射線検査、放射線検査証明書の添付の要求がある場合などに限り、個別に相談し、東電の原発事故と因果関係がある損害について、必要かつ合理的な範囲で賠償する」としている。

 経産省や日本中古車輸出業協同組合(JUMVEA、佐藤博理事長)によると、輸入時の品質検査項目に放射線量検査が入っている国はアフリカの一部を除き、ほとんどないようだ。このため、東電による賠償の多くが7月以降は廃止される可能性が高い。同社は賠償の詳細は明らかにしていないが、年間で数十億円程度とみられる。

 この検査費用は、福島第一原発事故が起きた以前から中古車輸出を行ってきた業者が同社に請求した場合に支払ってきた。事故後に輸出を始めた業者や「ゼロ」など中古車を国内向けに船で運ぶ陸送業者は賠償の対象ではない。

 現在、検査料を支払っている輸出業者は東電の賠償が大きな原資だった。JUMVEAは「7月以降は検査費用の負担はできない」との文書を1日付で、港湾労働者の雇用主側である日本港運協会(日港協、久保晶三会長、東京都港区)に送った。

 ただ、全国港湾労働組合連合会(全国港湾)幹部は3月末の日刊自動車新聞の取材に対し「港湾労働者の健康を守るために検査は続ける。これまでの方針は変わっていない」と話した。

 労働組合の了解なしに、輸出事業者が検査費用の支払いを止めた場合、労組の指示で港湾労働者が車の荷積み作業を拒否し、ビジネス上のトラブルになる可能性がある。この問題が進展しなかったのはこのような事情がある。

 関係省庁の中には、日港協と労組が今後話し合い、7月までに決着することを期待する声もあるが、政府の方針には強制力がなく、具体的なメドは立っていない。

 この検査は、日港協と全国港湾、全日本港湾運輸労働組合同盟(港湾同盟)が11年8月に「暫定確認書」で合意して始まった。原発事故から時間が経ち、日港協はやめようとしたが労組との話し合いが難航。事実上さじを投げ、各社の判断に任せた。検査は労組の強い意向で続いている。

 検査は特定の数団体が行い、検査料は地域別で1台700~1500円程度。全国の輸出業者や陸送業者が年間で数十億円を負担する。「法律でもないのにいつまで負担させられるのか」と政府に廃止要求が出ていた。

 政府側は1月、検査をめぐる民事訴訟の東京高裁確定判決(17年9月)で、科学的見地から港湾労働者への健康被害は考えにくく「全ての中古車の放射線検査の必要性は認められない」との趣旨が記されたことなどから事実上、廃止を求めていた。ただ、この措置は特定の法律を根拠に行われたものではなく、24年3月に閣議決定した、東日本大震災からの「復興の基本方針」の中にある「風評払拭(ふっしょく)に向けて政府一体となって取り組むこと」に沿って実施されたもので、法的拘束力はないとみられる。