カルロス・ゴーン氏が主導した「日産リバイバルプラン」以来のリストラに踏み切る日産自動車。追浜工場の閉鎖案なども浮上する。これまでの日産の経営や業界の変化をどうみるか。同社で最高執行責任者(COO)を務め、今は官民ファンド、INCJ(東京都港区、旧産業革新機構)の会長職にある志賀俊之氏に聞いた。
―2010年代の半ばごろから業界の変化を感じていたとのことだが
「自動車というと、日本では『勝ち組』に当たる業界にいて、あまり意識することがなかったが、(2014年から)経済同友会の副代表幹事を務め、さまざまな業種の方々の話に触れる中で、エレクトロニクス業界をはじめ『このままでは日本の産業は持つだろうか』という危機感を持つようになった」
「再編の必要性もさることながら、まず日本の産業界は新陳代謝が弱く、新しい産業、企業がなかなか興(おこ)ってこない。『もっとスタートアップなどを育てないといけない』という思いが強くなったし、このままでは、デジタル化やディープテックの台頭の中で『自動車も他の産業と同じ運命をたどるんじゃないか』という実感が強まった」
「そうした中で、2015年に産業革新機構会長兼CEO(最高経営責任者)に就いた際、従業員に向けて『これからはソフトウエアの時代だ。従来の自動車はハードウエアのすり合わせで勝ったが、そんな時代が終わるんじゃないか』というスピーチをした。それが現実になりつつある」
―ホンダと日産は一時、経営統合も協議した
「いよいよ自動車産業の再編が本格化すると受け止めた。2010年代後半から、『100年に1度の大変革』という言い方が広がったが、遡(さかのぼ)れば100年余り前、当時は移動手段はもっぱら馬車だったのが、『T型フォード』で自動車の量産が可能になり、一気に置き換わった。危機に面した馬車メーカーは『それぞれがエンジン開発をしているようではダメだ』ということで合従連衡が起き、その中でゼネラル・モーターズ(GM)が設立された。いろんなブランドが集まったから『ゼネラル』だった」
「今、起きているのはその相似形だ。新興勢としてテスラや比亜迪(BYD)が生まれ、伝統的自動車メーカーはどうするのか。しかもSDV(ソフトウエア・デファインド・ビークル)の世界になる。誰が考えても合従連衡は当たり前。ホンダが経営統合を提案してきたのは私からすると、もう至極当然。カイゼン、カイゼンのものづくりだけをやっていては生き残れない」
―ただ、統合には難しさもある
「自動車業界ではブランド、あるいはそのファンのユーザーはとても大事だ。会社の箱はどうなっても、ブランドが残ればいい。例えば、トランプ関税をめぐって米英が合意し、10万台だけ低税率が認められることになり、その対象はジャガーだろうと私は思う。だが、その資本がインドのタタ・モーターズであることはほとんど知られてない」
「シトロエンとプジョーの間でも、開発部門の統合に10年以上かかっている。技術者に誇りがあるからで、ブランドは大事にする必要がある」
―新経営体制でのリストラでは、追浜工場の閉鎖案なども浮上する
「今の出血を止めるその先に、次への成長戦略が必要になる。ホンダは利益を出せており、次の成長戦略ということでパートナー探しをしている。日産もやはり単独は難しく、パートナーと組んでやるべきだろう。これはゴーン氏も言っていたが、計画をつくるのは5%、実行は95%の比重がある。日産には優秀な従業員、〝いぶし銀〟のような人材がたくさんいる。その奮起にも期待している」
―米の関税政策などに直面する日本の自動車業界の目指すべき方向は
「追加関税の25%は恒常化する可能性もあり、それを前提にした事業計画をつくる必要があるのではないか。自動車業界に限らないが、大量生産で提供する時代から、少量多品種で、利用者にカスタマイズした品を提供する時代になっている。ユーザーが求める価値を提供することで対価を頂いたり、逆に何でもフルスペックで備えるのではなく、要らない機能は見直すことでコストを下げたりできる可能性がある」
「例えば、スマートフォンに子ども向けのフィルタリング機能があるように、高齢者向けには、速度を制限する車や、より分かりやすく安全な幹線の道に誘導する車があってもいい。世界でOS(基本ソフト)などの競争が激しくなり、トヨタも中国・華為技術(ファーウェイ)のOSを採用するような時代だ。これから、こうしたソフトをめぐる競争、連携が一層激しくなるだろう」
―電気自動車(EV)の受託事業を手掛ける鴻海(ホンハイ)精密工業も日産との資本関係を探ったようだ
「出資はともかく、鴻海はEVを受託生産し、世界に届けたいということをコアにしている。日産をはじめ、協業したいということはあるだろう。今、起きているのは、自動車業界の〝新旧入れ替え〟だ。新しいメーカーがこれからもいっぱい出てくるだろう」
―産業界の活性化への期待を改めて
「一時はリストラをする経営者がもてはやされたが、それを反面教師的に見てきた経営層が、私の次の世代あたりに増えている。企業価値を高めるのは人を大切にすること。人的投資や人を大切にする経営に力を入れる経営層が増えれば、かなり変わってくるのではないか」
〈プロフィル〉しが・としゆき 大阪府立大学経済学部卒、1976年4月日産自動車入社、99年企画室長・アライアンス推進室長、2000年4月常務執行役員、05年4月最高執行責任者(COO)、13年11月代表取締役副会長、15年6月産業革新機構代表取締役会長、17年6月日産自動車取締役、18年9月INCJ代表取締役会長(現職)。日産在籍中は日本自動車工業会会長、チャデモ協議会会長なども務めた。1953年9月生まれ、71歳。和歌山県出身。
(編集委員・山本晃一、中村俊甫)