人への投資はモータースポーツでも―。トヨタ自動車の豊田章男会長が、レーサー「モリゾウ」として企画・監修したレーシングチームが始動した。国内最高峰のフォーミュラレース「スーパーフォーミュラ(SF)」で、優勝争いよりも若手ドライバーの育成に重きを置いたのが最大の特徴だ。ドライバーは成績による入れ替え制で、誰よりも速く走る闘争心を植え付けることを目指す。マシンの状態をエンジニアなどに的確に伝える能力も磨く。人材育成に特化した新チームを立ち上げた狙いとは。
「最高峰のカテゴリーに参戦することで、他のチームから欲しいと言われるプロドライバーを輩出していきたい」と、新チーム「KDDI TGMGP TGR―DC」の片岡龍也チーム監督は語る。トヨタは2000年に、プロドライバーの育成プログラム「TGR―DC」をスタート。今回のSF参戦は「卒業試験ではないが、最後の教育」に位置付ける。
そもそも、なぜ新チームを立ち上げたのか。SF参戦チームは王座を目指すという一点で、すべての行動を選択している。ドライバーの起用も同じで、育成選手を選ぶのは「結果を出すという意味ではリスクになってしまう」(片岡監督)のだ。現状は各チームに起用を依頼しているが、求める能力と選手の実力の差が大きかった場合、そのチームの運営も左右しかねない。このため、SFなどトップカテゴリーでの育成選手の育成には、高いハードルが存在している。
TGR―DCの校長で、現役ドライバーでもある片岡監督は、こうした現状を打破するには育成を目的にしたチームが必要だと感じていたという。この思いを豊田会長に相談。豊田会長も若手育成への問題意識を持っていたことから、チーム設立の方針が固まった。
トヨタ側も「足の長い育成をやっていく」(GRカンパニーの高橋智也プレジデント)と期待を示す。これまで、フォーミュラレースの育成プログラムは、下位の2つのカテゴリーで行われていた。これにSFの参戦枠が加わることで、上位へとステップアップを目指すドライバーを支援する環境が整うことになる。
トヨタがSFで人材育成を行うのは、単に速いレーサーを育てるためだけではない。市販車の「もっといいくるまづくり」を支える開発ドライバーを育成する狙いもある。レースの現場でわずか1㍉㍍の車高調整が大きな性能差を生む厳しいセッティングの経験を積むことにより、「限界領域でのセンサーを磨くことができる」と高橋プレジデントは言う。その人材が市販車の開発に加わることで、「より安心安全な車づくりが進められる」(同)とみている。そのためにも、車両の状態を的確にスタッフに伝えられるよう「コメントの仕方や車への理解力も教育しながらドライバーとしてのスキル、レベルを高める」(片岡監督)方針だ。
また、開発ドライバーの育成を進める背景には、レーサーのセカンドキャリア支援という側面もある。片岡監督は「引退した時に『速かった』というだけではその先の仕事がない」と指摘する。そもそも、競争社会のため「選手として短命になりがち」だ。だからこそ、職業としてのレーシングドライバーに幅を持たせる教育を進めていく。
高橋プレジデントは「今後はドライバーだけではなく、メカニックやエンジニアの育成もやっていきたい」と話す。片岡監督も「このチームを中心に業界全体の人材育成をしていきたい」と、思いは一緒だ。トヨタがグループを上げて取り組む「人への投資」が、モータースポーツでも成果を挙げられるか、注目を集めている。
(編集委員・水町 友洋)