フィリピン、レイテ島。太平洋戦争の激戦地として知られるこの島の州都タクロバン市に「TESDAオートメカニックトレーニングセンター」がある。いすゞ自動車が70周年を機に始めた社会貢献活動「いすゞ・ハート&スマイル・プロジェクト(IHSP)」として運営を支援している整備士養成学校だ。
学校は2008年に設立された。貧困層の若者に整備士として経済的に自立する機会を与えることが狙いだ。事務局を担ういすゞは、資金や設備、人材などで全面支援する。フィリピン労働雇用省技術教育開発庁(TESDA)、国際NGO(非政府組織)ワールド・ビジョンも参画する。
学校は木々が生い茂る小高い山の麓(ふもと)にある。日本では今は冬だが、半袖シャツでも汗が吹き出てくる。ここで生徒たちは2年かけて自動車整備資格の最高レベル「NC4」の取得を目指す。
授業料がかからないこともあり、1期18人の定員に対し、400人以上の応募が毎年ある。英語や数学の筆記試験に加え、家庭訪問による経済状況の確認や応募者の人柄も考慮した上で入学者を選ぶ。
ただ、入学はスタートに過ぎない。全寮制で、進級には半年ごとの国家試験に向けた猛勉強を強いられる。フィリピン人は伝統的に家族愛が強く、ホームシックで学校を去る生徒もいるが、多くは「(自分が稼いで)兄弟の進学を叶えてあげたい」「両親の暮らしを助けるために仕事を頑張る」と懸命に学ぶ。
フィリピンの総人口は1億1700万人あまり。高齢化が進む日本とは対象的に平均年齢は25・7歳と若い国だ。米国の植民地だったこともあり、一般的に英語が使われ、外資がコールセンターを置くなどサービス産業が伸びつつある。
ただ、人口や主要産業はマニラ首都圏に集中している。貧富の差も激しく、同国の統計局によると約1754万人(国民の6.45人に1人)が貧困水準以下で生活しており、特に郊外や島しょ部でその傾向は顕著だという。高層ビルの合間を高速道路が伸びるマニラ市と対象的に、タクロバン市は低層のバラック屋根の建物が多く、夜は闇に包まれる。
2013年、6期生として卒業したレジーン・レカマラさんは「入学前は路上で物を売って家族のために働いていた。身体の健康も仕事の充実も、IHSPのおかげだ」と話す。現在はマニラにあるいすゞの現地法人、いすゞフィリピンズ(IPC)の顧客サービスを担当する部門で、主に販売店の支援業務を担う。IPCで外資系大手の物流部門を担当したり、顧客の業務効率化を支援したりする仲間もいる。
国内外で活躍できる素地を持った若者でも、生まれた環境次第で教育の機会を得られず、貧困の連鎖に陥る。厳しい現実を幼少期から目の当たりにしてきた卒業生は「今、ここで働いていることは想像できなかった」と話す。現地を視察したいすゞ首都圏の中村治社長は「プロジェクトが学びの機会を与え、貧困を抜け出す選択肢を与えている」と話す。手探りで始まった活動は今や421人の卒業生を輩出。11月には26期生が新たに加わった。
「事業を通じた社会貢献」として始まった整備学校の運営支援だが、今では卒業生が世界各地で活躍し、いすゞの社内外にさまざまな効果をもたらしている。同社と自動車業界の未来につながるプロジェクトを現地で見た。