ホンダと日産自動車の経営統合協議の背景に見え隠れする台湾の鴻海精密工業(フォックスコン)。ホンダと日産は、公式には鴻海からの打診を否定するが、鴻海はルノー側への接触を含めて関心を示しているとみられる。電気自動車(EV)を事業の柱にしようと、大手サプライヤーとの協業なども進める同社。「水平分業」の事業モデルを志向する一方、成長エンジンとして、自動車関連技術を〝手の内化〟し、一気呵成の「垂直統合」を模索している可能性もある。
もともとはパソコンやスマートフォン、データセンター関連などICT(情報通信技術)分野の受託生産を本業とする同社。米アップル「iPhone」を手掛けることでも知られる。2019年、次世代の成長の柱の一つとして、EV事業への参入を発表した。
以来、欧米の大手サプライヤーや半導体企業、新興EVメーカーなどと相次ぎ提携した。日本企業ともモーター大手のニデックと協力関係にある。おひざ元の台湾ではEVバスや乗用車をすでに市場投入。EVプラットフォーム「MIH」のコンソーシアム(企業連合)構想も発表。電子機器と同様に、EVの受託生産である「CDMS(設計・製造受託サービス)」を基本事業として掲げる。中長期にはEV生産の世界シェアでICT機器に匹敵する4割前後を目指すという。
人材面も強化している。日産でナンバー3の副COO(最高執行責任者)を務めた後、ニデック社長に転じた関潤氏をEV事業の最高戦略責任者(CSO)として23年に招へいした。この頃から、日産との関係構築を視野に入れていた可能性もある。
ただ、こうした鴻海の戦略に水を差しかねないのが世界的なEV市場の成長鈍化だ。提携していた新興メーカーの事業が頓挫(とんざ)するなど、今のシナリオも順調とは言えない。ある業界関係者は「関氏は悩みを漏らしていた」と話す。
鴻海の戦略や可能性の一端は、シャープが9月に東京都内で開いた技術イベントでも伺えた。会場で展示された鴻海のEVについて、関氏は「モーターはニデック。良いものはどこのものでも使う」と言い切った。部品の調達や組み立てには精通する同社だが、衝突安全から走行性能、品質保証など自動車開発のノウハウはそう簡単に得られるものではない。関氏は、足りない部分はM&A(企業の合併・買収)を含めて手当てする姿勢を明らかにしていた。
今回、浮上した日産との関係構築。自動車メーカー各社と取引のある大手エレクトロニクスメーカーの首脳は「鴻海からすれば、日産をもし買収できれば、製品も技術もそのまま手に入る」と解説する。早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授も「EVを作るEMS(製造受託企業)を目指す中で、クルマ作りのノウハウや販路をしっかり持つ日産を戦略実現の大きな手段にしようとしているのだろう」と推測する。「日産を傘下にできれば『アップルカー』の開発・生産を立ち上げることができるのでは」などの憶測も浮上する。
前述の首脳は「何より、関さんを慕(した)い、一緒にやれるという日産社員らは、(鴻海の動きを)歓迎するだろう。そういう意味で、関さんは凱旋できる。でも、『それは困る』と経済産業省なども、ホンダや日産の後を押しているのではないか」と見立てる。
9月の技術イベントで、関氏は「『フォックスコン』の名前はあまりなじみがないと思う」と前置きした上で「『小さくてもすばしっこく動くコネクター屋さん』という創業時の思いが愛称になった会社だ。委託生産は顧客の重要な知的財産を開示してもらう事業モデルだが、この50年、情報漏れなどの事故もなく成長してきている。顧客の信用の証(あかし)だ」と胸を張った。
渦中の関氏は、渡仏しての交渉などの動きが伝わるものの沈黙を続けている。「ルノー側からの情報がほとんど出てこないということは、鴻海の提案に乗り気薄ということではないか」「ホンダと日産の連合が成立したあかつきに出資などを検討するのでは」とさまざまな憶測が飛び交う。当事者や関係当局を交えた神経戦がしばらく続きそうだ。
(山本 晃一)
(2024/12/27修正)