「空飛ぶクルマ」の商用飛行が具体性を帯び始めた。スカイドライブ(福澤知浩代表取締役CEO、愛知県豊田市)と大阪市高速電気軌道(大阪メトロ、河井英明社長、大阪市西区)は26日、空飛ぶクルマの事業化に向けた業務提携契約を締結したと発表し、共同で記者会見を開いた。スカイドライブは当初、2025年春に開幕する大阪・関西万博で空飛ぶクルマの商用飛行を目指していたものの、条件が整わず頓挫していた。しかし、万博閉幕後の都市開発と一体で運行体制を整え、早ければ28年にも事業化の実現という青写真を描く。
「開発も順調に進んでいる。万博を機に社会実装を加速させたい」―。スカイドライブの福澤代表は共同会見で、空飛ぶクルマ事業の進捗をこう評価した。同社がマイルストーンとするのが、来春開幕する大阪・関西万博。18年の会社設立以来、万博会場をはじめとする大阪湾岸エリアで旅客の商用飛行を目指してきた。
もっとも、開幕が迫る中で同社の当初構想も見直しを迫られている。とりわけネックとなっているのが型式証明の取得だ。今年6月に「SD―05」型機の型式証明申請が米国連邦航空局に受理されたものの、国内での証明取得は26年以降になる見通し。万博ではデモ飛行にとどまる格好で、福澤代表も「型式証明取得のプロセスなどが未知な中で進めてきたが、だんだん現実が見えてきた。創業時の想定よりももう少し時間がかかりそうだ」と認める。
計画は一歩後退したものの、万博閉幕後の飛行環境整備を急ピッチで進める方針に変わりはない。こうした中で鍵を握るのが、地域のインフラ開発を加速させる大阪メトロという強力なパートナーだ。万博でのデモ飛行では、大阪市港区内に設置する発着ポートの整備・運営主体として大阪メトロが選定されている。今回の業務提携でも、大阪メトロがスカイドライブに出資する(金額は非公表)ほか、人的交流や技術知見の共有などを通じて、ビジネスモデルの策定や精緻化、運行内容の確立など、事業化に必要な検討を共同で進めていくことで一致した。
大阪市営地下鉄を前身とする大阪メトロが〝畑違い〟とも言える空飛ぶクルマ事業に前のめりになる背景にあるのは、同社が手掛ける万博後の大型都市開発だ。
大阪市中央区の森ノ宮エリアでは、同社が主体となって再開発を計画しており、今後数年で地下鉄中央線の新駅設置や駅前ビル新造、大阪公立大学の新キャンパス誘致など、大阪の新都心として産官学の集積が進むことになる。この再開発の目玉の一つが、鉄道、バス、タクシーとともに地域の公共交通を形成する空飛ぶクルマだ。今年10月には社内に空飛ぶクルマ専門部署も立ち上げ、外部の専門家も交えながらサービスイメージを確立していく方針とする。
会見で同社の河井社長は「森ノ宮が都市交通の大規模結節点(ハブ)になる」としつつ「2028年の『まちびらき』の段階で空飛ぶクルマの発着ポートを設置し、サービスを開始できれば」と意欲を示した。スカイドライブの福澤代表も「われわれもそこを目指している」と応じた。全国でさまざまな事業者と協業関係を築くスカイドライブにとっても、商用飛行のサービス開始時期を具体的に示すのは今回が初めてだ。
サービスが始まっても、当面は緊急時輸送や観光・遊覧など、限定的なニーズを満たすものとなる。一方で大阪メトロの河井社長は「(空飛ぶクルマは)大阪という国際都市の基本インフラであり、ごく一部の人々のための交通ではない」と言い切る。スカイドライブに限らずさまざまな事業者が乗り入れるポートを増やしつつ運行実績を重ねてコストを下げ、「通勤、通学を含む幅広い用途で使えるものにする」青写真だ。未来のモビリティは市民の足となるか。大阪の空を舞台とした壮大な社会実験の成否に注目が集まる。
(内田 智)