バンコク市内を走行するEV(左がテスラ車、右がGWM車)
バンコク市内の鉄道「BTS」ではBYD「ドルフィン」のラッピング車両が走る

 タイ・バンコク市内で比亜迪(BYD)の電気自動車(EV)「ATTO(アット)3」を多く見かけた。都内を走るテスラ車よりも多く感じたほどだ。2023年、タイのEV販売台数は7万6314台で、新車販売に占める割合は7%を超えた。22年の9729台(販売の約1%)から急激な増加だ。EV市場をけん引するのは、BYDをはじめとする中国勢だ。

 タイは、東南アジア諸国連合(ASEAN)最大の自動車生産・販売台数を誇る。1960年代に日本の自動車メーカーが相次ぎ進出して生産を開始、時間をかけて素材まで含めたサプライチェーン(供給網)を構築した。知名度も高く、タイは日本メーカーの金城湯池となった。

 しかし近年、脱炭素化を背景にタイ政府が掲げるEV普及策に呼応して中国メーカーが進出している。

 タイ政府はEV推進策「EV3.5」を24年1月に始めた。この推進策に基づき、BYDや長城汽車(GWM)、長安汽車(Changan Automobile)など中国メーカー4社がMOU(基本合意)を締結した。MOUを結ぶと、車載電池など重要部品の関税が25年末まで免除されるほか、一定条件を満たすEVに補助金も出る。ただ、26年以降に順次、電池やモーターなどを現地生産することが条件だ。24~25年にEVを輸入販売した場合、26年は輸入台数の2倍の国内生産を義務付ける規定もある。

 すでにEVを現地生産しているのは上海汽車と長城汽車(GWM)、汽車(NETA)。BYDは6月ごろに現地生産を始める見込みだ。

 勢いに乗る中国勢に押され、日本メーカーのシェアはジリジリと下降し始めた。23年は前年比8.5㌽減となる77.2%と8割を切った。

 EV販売が伸びたのは、政府の優遇策に加え、ガソリン車とほぼ変わらない車両価格も背景にある。日本貿易振興機構(ジェトロ)によると、トヨタ自動車「ヤリス・エイティブ」が54万9千 バーツ (約230万円)なのに対し、NETAの「NETA V」も同価格で発売している(24年2月時点)。

 BYDは、3月末に開かれた「バンコク国際モーターショー」でアット3の新型モデルを約2割、値下げすることを発表した。

 もっとも、今の主な購買層は自宅で充電できる高所得層で、中でも流行に敏感な「アーリーアダプター」が多いようだ。日本の自動車メーカー関係者によると「約6割が女性」ともいう。日常の買い物や家族の送迎など、セカンドカーとしての需要が多いことも、普及初期の他国と同じだ。

 もともと、母国の激しい競争から何とか新たな活路を見いだそうと海外に目を向けた中国メーカーだけに、販売を増やそうと必死だ。バンコク市内を走ると、高速道路から見える看板は中国メーカーのEVで埋め尽くされている。バンコク市内の鉄道「BTS」では、BYD「ドルフィン」のラッピングがされた車両が走り、ホームのデジタルサイネージにも同様の広告が映し出される。

 EVが普及し始めているとはいえ、現地を走る自動車の大半は日本ブランド。間に何とか割って入ろうと、中国企業は認知度の向上に惜しむことなく宣伝費を投じる。

 勢いに乗るかに見える中国勢だが、タイ政府の後押しはいつまで続くか。これまでの「EV3.0」では、電池容量30㌔㍗時未満の乗用EVに7万 バーツ (約30万円)の補助金が出ていた。しかし、EV3.5では電池容量50㌔㍗時未満で5万 バーツ (約21万円)に改められ、EV3.0の優遇を受けられる車種の登録は1月末で打ち切られた。

 三菱自動車の加藤隆雄社長は「アフターサービスや充電インフラの問題が今年に入って顕在化してきた。一気にシュリンク(縮小)するわけではないが、一時的には普及ペースは鈍る」とみる。

 バンコクショーでは、日本勢もEVを展示した。トヨタ自動車は25年にもピックアップトラックEVの現地生産を検討する。いすゞも「D―MAX」のEV化で中国勢に対抗する考えだ。

 ただ、日本勢としては今のところ「ASEAN各国は充電インフラに乏しく、EVだらけになるとは思っていない」(日産自動車の星野朝子副社長)と見立てているようだ。まずはハイブリッド車(HV)の拡販を優先させる。

 岸田文雄首相は先週、都内で開かれたフォーラムで35年に向けた日本とASEANの共同戦略をまとめ、今秋にも公表する方針を示した。「ハイブリッドからEVまでの多様な自動車の生産・輸出ハブを実現していく」。岸田首相の発言には、ASEANを舞台に日中間でせめぎ合う自動車産業政策の激しさが透けて見える。