船積み用の中古車が並ぶ東京湾内の港(記事と直接関係ありません)
問題ある中古車は「荷役拒否」を訴える労働組合のビラの一部(2011年7月)
船積み用の車が並ぶ東京湾内の港(記事と直接関係ありません)

 東日本大震災に伴う福島第一原発事故の後、船積みする中古車の放射線量検査が今も続く。港湾事業者と労働組合の合意に基づくものだ。ただ、放射線量が基準値を超える車両は年々、減っており、2019年以降は公表されなくなった。年間数十億円に及ぶ検査費用には税金や電力料金が投入されている。「法律でもないのに一方的に押し付けられている」と中古車輸出業者らは見直しを求めるが、港湾労組側は「福島第一原発の完全廃炉までは必要」と譲らない姿勢だ。

 震災直後の2011年夏、川崎・大阪両港の中古車で高い放射線量が検出された。日本港運協会(日港協、東京都港区)と全国港湾労働組合連合会(全国港湾)、全日本港湾運輸労働組合同盟(港運同盟)は、輸出用中古車の全車検査と費用の荷主負担などを定めた「暫定確認書」で8月に合意。9月には国内向けの船積み中古車にも適用した。

 検査料にはバラつきがあるが、例えば1台1500円とすると、年間170万台ほどの輸出で約25億円になる。

 輸出車両の検査料は、申請すれば東京電力ホールディングス(HD)が補償する。当時、経済産業省が自動車課長名で出した文書が根拠となっているようだ。ただ、事故後に中古車輸出を始めた企業は補償されず、不公平な状態になっている。中古車輸出の新規参入は増えている。

 一方、国内向けに船積みする陸送会社には東電の補償がない。車両陸送最大手のゼロは年間2億円を負担する。検査のために車の持ち込み時間も制限され、ドライバーにも負担がかかる。

 ゼロが東京電力HDを相手どった訴訟の一審判決(東京地裁)が17年3月に出た。請求は棄却されたが、検査については「科学的知見等から港湾労働者の健康に影響を与えるような放射線被ばくをすると認めることはできず、全車検査の必要性、相当性を認めることはできない」という主旨だった。ゼロは控訴し、同年9月に再び請求棄却になったが、検査の必要性については高裁判決でも維持された。

 この判決を根拠に日本中古車輸出業協同組合(JUMVEA)は「検査をしない車の輸送を拒絶するのは独占禁止法違反にあたる」と弁護士を通じて日港協に伝えた。労組は、検査をしない車は荷役を拒否する可能性があることをさまざまな文書で表明していたからだ。

 「判決は重い」と日港協も対応を検討したが労組は反発して押し切った。日港協は19年「今後の検査は各会員(各社)の判断にまかせる」と事実上さじを投げ、これに関わらないことを表明した。

 この問題が解決しないのは、もし労働者がストライキのように運搬を拒否した場合、輸出先を巻き込んでビジネス上のトラブルになるリスクがあり、それを恐れる関係者が多いからだ。JUMVEAも関係省庁に相談しているが、面倒な労働問題と見られているのか、進展がない。

 「検査料が既得権益になり死守しているのではないか」との声もある。検査機関は「暫定確認書」で事実上、5団体に限られる。ある団体の担当者は、検査料が一定の収入になることは認めながらも「全体の収入からみれば比率は小さい。そもそも検査を依頼されてやっているだけ(で権益死守などではない)」と語った。

 残る4団体は「コメントする立場にない」「忙しいので対応できない」「うちは中古車検査はほぼやっていない」などと回答した。

 JUMVEAの佐藤博理事長は「『言うことを聞かないと船に積まない』という港湾労働者の一言に、政府を含めて逆らえない現実がまかり通っている。道理が通らない」と嘆く。

 国土交通省の輸出コンテナの放射線測定ガイドラインでは「検査が必要な人が費用を負担する」とある。佐藤理事長は「労組か所属する会社が払うべきではないか」と話す。

 JUMVEAと日本陸送協会はこれまで個別に対処してきたが、24年春から連携して解決への方策を探り始めた。中古車の輸出は年々増えており、深刻な課題ととらえる。

 車両に限らず、原発事故後はさまざまな分野で放射線量検査が行われてきた。最も重要な食品モニタリング検査が、17都県中心に地方自治体で行われてきたが、15年度の34万件が22年度は3万6千件に縮小した。岩手、宮城、福島、栃木各県産の牛肉の全頭検査も20年度で終了した。司法も必要性を認めない中古車の全数検査が見直される日は来るのか。

 

中古車の放射線量検査 コストや手間より安全が最優先

2011年の暫定確認書合意に関わった全国港湾の竹内一・中央執行委員長代行の話

 「コストや手間よりも組合員の安全を最優先にする。福島第一原発の完全廃炉と避難指示区域がゼロになり、これらに起因する心配が社会的になくなるまで検査を続けるべきだ。放射線量の影響は長い時間をかけて出てくる。吸い込んでから発症するまで数十年かかるアスベスト(石綿)被害のように『第二のアスベスト』になる可能性もある。組合員に将来、何か症状が出てきても政府も企業も責任はとらない。『自衛策』を取るしかない。危険な仕事をしている検査員(に放射線の影響が出ていないか)の健康診断をするよう、いま日港協と協議している。いずれは荷役労働者の検査に広げたい」

 

(編集委員・小山田 研慈)