田中義和(たなか・よしかず)氏

 トヨタ自動車ミッドサイズビークルカンパニーMS製品企画ZSチーフエンジニアの田中義和氏は、日刊自動車新聞とIHSマークイット共催のオンラインセミナー「オートモーティブ・テクノロジー・エグゼクティブ・ブリーフィング2021」で、「カーボンニュートラル実現に向けた新型MIRAI(ミライ)の開発」と題して講演した。政府が目指す2050年までの温室効果ガス実質排出ゼロに向けた水素の活用について、トヨタの考え方や取り組みを紹介した。

 われわれが水素に着目する理由の1つ目は、水素が使用時に二酸化炭素(CO2)を出さない、即ち自動車がゼロエミッションになること。2つ目は水素がさまざまなものからつくることができ、自動車燃料の供給課題への対応ができること。3つ目は、水素はエネルギー密度が高く、貯められる・運べるという特性があることだ。

 車では限られたスペースにいかに多くのエネルギーを積み、航続距離を確保するかが重要。水素は充填時間もガソリンと変わらず約3分で済む。使い勝手を維持できることについては大きなメリットがある。

 このようなことから、トヨタは水素を将来の有効なエネルギーと考えており、初代「MIRAI」(ミライ)の販売を2014年末に開始した。私は2代目ミライのチーフエンジニアでもあるが、初代も開発を担当した。

 初代ミライは日米欧で約1万1千台を販売した。少ないように見えるが、燃料電池は造ることが難しいため、生産能力が初年度は年間700台程度、2年目、3年目と能力を増やし、17年からは年間3千台程度を造った。同時に豪州、カナダ、UAE(アラブ首長国連邦)、中国などでも実証実験を行っている。

 実証実験ではミライで使っているFCユニットと水素タンクを、バス・トラック、フォークリフトに展開することで、さまざまなモビリティで実証を行ってきた。実験の中で、特にバス・トラックなどの商用車では、充填時間の短さが非常に重要であることが分かってきた。

 カーボンニュートラルを実現するためには何をしなければならないか。日本のCO2排出量のうち運輸部門は2割弱だが、このうち乗用車は47・3%を占める。こちらは電気自動車(EV)を含め、電動車がかなり広がってきている。一方、バス・トラックは約38・5%を占めるが、電動車は広がっていない。バス・トラックのような業務用の車も低エミッション化していくことが重要になる。

 大きな車にはコスト面でもFCVが有利だ。イニシャルコストは高いが、距離を延ばす際は水素タンクを搭載するだけでいい。EVの場合、距離を稼ぐにはバッテリーを搭載する必要がある。バッテリーはコストが高いので、車両サイズが大きく航続距離が長い車ではFCVが有利になる。

 トヨタが考えるFCVの普及策は次のようなものだ。まず乗用車で性能向上と原価低減を行う。それをトラック・バスといった商用車に展開する。トラック・バスは台数は少ないが、1台当たりの水素消費量が多い。それが水素の消費を拡大し、インフラの整備にも貢献できる。他の企業にもそのユニットを展開し、車でのスパイラルを回していきたいと考えている。

 現状、FCVの数は少なく、水素ステーションの営業時間も短いが、トラックを導入することで水素をたくさん使い、それがステーションの黒字化につながり、ステーションの利便性を上げる。それによりFCVのユーザーも増える。さらに利便性が上がるとステーションが増え、地域も拡大する。この正のスパイラルを商用車と乗用車の相乗効果で回し、水素社会を広げていきたいと考えている。

 以上を踏まえ水素社会、カーボンニュートラル実現に向けて発売した新型ミライの果たす役割を説明したい。乗用車としては数を出して普及させ、魅力ある車で水素の社会受容性を高めていきたいと考えている。このため、最初に行ったのは生産能力の拡大だ。初代が年間約3千台だったのに対し、その10倍の年間3万台に増やした。スタックの工場を本社のエリアに、水素タンクの工場も同じ豊田市につくり、10倍という大きな能力を確保した。FCVの魅力を伝え、それにより水素の可能性を実感してもらい、それが水素エネルギー社会の起爆剤になることを目指している。

 ステーションがまだ十分でない環境では、数を出すという乗用車の役割を達成できないので、本当に欲しいと思ってもらえる車を目指した。新型ミライでは、「かっこいい車を見つけた」「あんな車に乗ってみたい」、それが結果的にFCVだったという姿を目指した。プロポーション、走り、居住性、水素搭載量の4点にこだわり、いろいろなプラットフォーム、ユニットレイアウトのケーススタディを行った。その結果、レクサス「LS」や「クラウン」でも使っている「GA―Lプラットフォーム」を採用し、リアにモーターを置くという駆動方式を選んだ。プラットフォーム、ユニットレイアウトを全て見直して2代目を企画した。

 FCVだからできる新たな価値もある。空気を吸った時よりもきれいにするシステムだ。走れば走るほど空気をきれいにするということで、お客さまに満足感を得てもらえる。災害時の給電機能についても、AC電源のほかにDC電源を標準装備した。後続距離は850㌔㍍と初代に比べ30%延ばした。