経済産業省製造産業局自動車課自動車戦略企画室長・清水淳太郎(しみず・じゅんたろう)氏

 経済産業省製造産業局自動車課自動車戦略企画室長の清水淳太郎氏は、日刊自動車新聞とIHSマークイットが共催したオンラインセミナー「オートモーティブ・テクノロジー・エグゼクティブ・ブリーフィング2021」で「日本の次世代自動車産業政策」と題し講演した。政府は2050年までに温室効果ガスの実質排出ゼロ(カーボンニュートラル)を掲げている。実現に向けエネルギー政策と一体的に自動車の電動化、水素利用、燃料のカーボンニュートラル化を進めていく方針を説明した。

 カーボンニュートラルという、歴史的でグローバルな要請の中で、生活や人生に欠かせない自動車という商品をどうサステイナブル(持続可能)なものにしていくのか。カーボンニュートラルは世界各国でコミットされているが、日本でも2020年10月、菅首相(当時)が50年にカーボンニュートラルを目指すことを明確に宣言した。これは日本政府としてのコミットであり、カーボンに注目し、いろいろな技術を選択し、競争を促していく。

 その上で21年4月、温室効果ガスを30年に(13年度比)46%削減することを国際的に表明した。新たな30年目標のポイントは「成長戦略の柱」という表現と「経済と環境の好循環を生み出し力強い成長を作り出していくことが重要」という表現だ。カーボンニュートラルは当然、達成していかねばならないものだが、経済や生活を犠牲にする形では持続可能ではないし実現できない。経済と環境の好循環を生み出すことが日本の戦略であり、世界でもこうした仕組みをつくっていかねばならないと考える。

 日本のカーボンの排出状況はエネルギー起源の二酸化炭素(CO2)が10・3億㌧(19年)で、電力と非電力が半々。非電力のうち運輸が2億㌧で、自動車はこのうち1・8億㌧とかなり大きな部分を占めている。これを50年にゼロにしていくためには大きく2つのオプションがある。

 一つは電化を進めていくこと。その上で電力自体を脱炭素化していくために再生可能エネルギー、原子力、水素・アンモニア・CCS(二酸化炭素の回収・貯留)を使っていく流れがある。もう一つの非電力の分野では、熱源を水素・合成燃料・バイオマスといったカーボンニュートラルなものにしていくことだ。カーボンニュートラルは壮大な取り組みであり、社会全体で進めていかねばならない。

 日本の電源を脱炭素化していく目標は、これまで30年に非化石を44%とし、再エネと原子力を半々にするというものだった。今の目標は非化石を59%、約6割にしていくというもの。日本の狭い国土で再エネを導入していくことは大きなチャレンジになる。

 大事なポイントとして省エネがある。脱炭素のエネルギーが50年に向け貴重なものになっていく中、省エネはしっかり進めていかねばならない。脱炭素の電源を社会全体でどう活用していくのかということも大きなチャレンジになる。同時に世界全体が脱炭素を進めていく中で、自動車がどう貢献していくのかということも大事な視点になる。

 こうした全体の流れの中で、自動車の1・8億㌧をどうカーボンニュートラルに近づけていくのか。車の種類にはいろいろあり、走行距離や車両サイズによって電気自動車(EV)、燃料電池車(FCV)、プラグインハイブリッド車(PHV)それぞれに得意・不得意がある。技術開発の進展の可能性、価格がどれだけ下がるのか、資源・サプライチェーンの可能性やリスクを踏まえ、これらをフル活用していくというのが日本の考えだ(図1)。

 カーボンニュートラルにコミットしようとした場合、車の使用段階だけでなく、燃料のライフサイクル、車自体のライフサイクルそれぞれのCO2排出量をどう評価していくのか。社会全体でカーボンニュートラルにどう近づいていくのかという視点で歩みを進めることが重要だと考えている。

 自動車のカーボンニュートラルは世界共通の課題であり、さまざまな国がさまざまな目標を掲げている。EVにフォーカスした目標を掲げている国が複数あり、世界ではEVがグローバルな目標に掲げられている。

 日本のエネルギー状況などを考えた時、日本の中ではさまざまな選択肢を追求していくことが基本的な戦略だが、同時に自動車産業が直面しているのはグローバルなものだ。世界に目を転じて戦略を描く、それを日本政府としてもしっかりサポートしていくことが必要だと考えている。

 カーボンニュートラルは成長戦略であるという観点に立った時、どのようにトランジション(移行)していくのか。その中で雇用・産業という面でも、新しいビジネスチャンスを見つけ、どうビジネスを変革していくのかということも大きなチャレンジだ。100万人あるいは500万人とも言われる裾野の広い自動車産業を見ながら政策を進めていく必要がある。

 全体を整理してみる。まず日本政府としての50年カーボンニュートラルへの明確な コミットがこの議論の大前提になる。これは大きなチャレンジだ。脱炭素のエネルギーが貴重になってくる中で、 省エネと電源の非化石化を 一体的に推進することが重要になる。非化石の電源は再 エネの立地が限られる日本にとって大きなチャレンジだ。価格の引き下げ、量の拡大と電気の使用量の拡大をうまく組み合わせることが重要になる。

 世界に目を転じた時、それぞれの国ごとに状況は異なり、輸出商品である自動車がどのような形で世界のいろいろなパス(道筋)に対し貢献していけるのかが大事になる。まだ車を持っていない人に手頃な価格でどのようにして燃費の良い車を提供していくのかという視点もあるし、逆にEVシフトを加速していく市場ではしっかりその世界に入っていくことが大事な観点だ。

 多様な技術がさまざまある中、イノベーションをどう促進していくのかは世界共通の課題だ。一つの製品に絞った方がリソースが集中され、イノベーションが加速されるのではないかという戦略もあれば、多様な技術の間で競争を促していく戦略もある。世界が競い合いながら新しい技術をつくり上げていくことが有効ではないか。

 生活必需品であり、グローバルな商品である車の位置付けを考えながら、世界でも1、2割のCO2排出を占めている自動車の脱炭素を進めていかねばならない。カーボンニュートラルは成長戦略だ。どうやって新しい産業として育っていくのか、同時に雇用面も含めて円滑なトランジションを果たしていくことも政府の責任だ。

 日本は脱炭素化に向けた政府全体の戦略として「グリーン成長戦略」を策定した。20年12月に中間整理し、21年6月に策定した戦略だ。この中でカーボンニュートラルに必要な14の重点分野を挙げた。自動車に関係するところは非常に多い。水素・アンモニアの利用をどうやっていくのか、自動車・蓄電池、半導体、洋上風力、原子力といった領域で政策を総動員していく。

 予算としては2兆円のグリーンイノベーション基金を立ち上げた。次世代の社会をつくるために必要なイノベーションを促進していく。税制でもカーボンニュートラルの投資促進税制など、さまざまな取り組みを総動員し、日本政府としても新しい産業として全力で支援していく。

 では、自動車・蓄電池分野の取り組みをどう進めていくか。基本的には自動車産業だけでなく、エネルギー、社会、さまざまなところに関わってくる中での幅広い政策を総動員すること、そして特定の技術に限定することなく、最適な組み合わせで多様な道筋を目指すことが重要になる。さらに世界の状況を見ながら進めるグローバルな視点、関連産業も含め前向きに取り組める産業構造を目指す社会づくりが必要になる。

 具体的には、まず35年に新車販売の100%を電動車にすること、水素の活用、そして全てを電化していくことが簡単ではない中で合成燃料によって燃料自体のカーボンニュートラルを同時に進めていくことだと考えている。これらをエネルギー政策と一体で進めることが重要だという大きな戦略を出している。

 特に、自動車の電動化では大きな4本柱がある。一つは電池であり、電池の国内生産基盤をしっかり確保することが必要だ。欧米に輸出可能な100ギガ㍗時の生産基盤を早期に立ち上げ、1㌔㍗時当たり1万円という価格帯を実現するルール・支援を進める。

 電動車の普及という意味では35年までに電動車100%という明確な目標を掲げた上で、補助金などを含め促進する。充電・水素インフラはパブリックなものとして不可欠であり、しっかり進める。

 こうした大きな流れの中で、全体のトレンドを見極めながら、各事業主体がそれぞれのビジネス戦略を描きながら勝ち抜いていけるよう政府としてサポートしていきたい。