カーボンニュートラルで生き残るためには

 日鉄が鋼材供給量の見直しを示唆するほど、値上げにこだわったのは、カーボンニュートラル社会に向けた機運が世界的に高まる中、収益力を強化しなければ生き残れなくなるとの危機感が背景にある。鉄鉱石と石炭が原料のコークスを混ぜて燃焼させて酸素を取り除く製鉄は、日本の二酸化炭素(CO2)排出量全体の15%を占めており、全産業の中で鉄鋼産業は最もCO2排出量が多い。

 コークスに代えて水素を活用して製鉄のCO2排出量削減する技術の研究が進められているものの、製鉄時のCO2排出量をゼロにする技術は確立されていない。日鉄では、CO2排出量を削減する製鉄技術を実用化するのに4兆~5兆円の投資が必要になると見ている。ライバルであるアルセロールミタルや宝武鋼鉄集団は水素製鉄の実用化に向けて数兆円の投資を公表している。日鉄としても脱炭素化に向けた資金を今のうちから確保して、カーボンフリー鋼材を供給できる体制を整えなければ没落することは避けられない。

 さらに日鉄が自動車向け鋼材価格の是正に執念を見せるのは、水素製鉄などの開発資金確保に加えて、将来のカーボンフリー製鉄を安定的に供給するための試金石になるとみるからだ。カーボンフリー製鉄は、同じ品質であってもコークスによる製鉄と比べて製造コストが上昇する。日鉄としても従来のトヨタ主導の鋼材価格交渉のままではカーボンフリー化に伴うコストを回収できなくなるリスクがあると考えても不思議でない。

 これまで日本の自動車メーカーと鉄鋼メーカーは信頼をベースにした持ちつ持たれつの関係を続けてきた。それを象徴するのが日本独特の商習慣だ。海外の自動車メーカーが鉄鋼メーカーから調達する際の価格交渉は年間ベースだが、日本では年2回だ。加えて価格交渉が長引いたまま新しい期が始まると、納入した後の分に遡って合意した価格を適用するという独特の商習慣がある。契約が「絶対」の海外企業には考えられない仕組みだ。

 脱炭素社会で生き残るため、日鉄は自動車メーカーとのなれ合いをなくして、適正なマージンを確保した契約価格で材料を販売するという独立した企業同士の関係を築こうとしているようにも映る。だからこそ日鉄の電動車向けの“虎の子”の技術である電磁鋼板の特許に侵害しているとみる宝山鋼鉄製品を採用したトヨタに対して損害賠償と電動車の販売差し止めを求めて東京地裁に提訴した。

 一方のトヨタは、中国や欧州市場で電気自動車(EV)シフトが加速する中、電動化を加速するための多額の研究開発投資を迫られており、コスト低減による収益力の維持・強化に手を抜くわけにはいかない。主要取引先である鉄鋼メーカーとの協力関係もますます重要になる。

 ただ、カーボンニュートラル社会の実現に向けて本格的な普及が見込まれるEVは、自動車産業の構造を大きく変える可能性がある。自動車産業は従来、開発・生産を主導する自動車メーカーを頂点に、ティア1(一次)サプライヤー、ティア2(二次)サプライヤーなどが下層に連なるピラミッド構造の垂直統合で成り立っている。これに対して構造が簡単なEVの開発・生産では、複数の企業がそれぞれ得意領域の部品や素材を供給することでクルマを製造する水平分業型のビジネスモデルによって、競争力の高いEVを開発・製造できるとされる。そして水平分業では、従来の自動車メーカーと鉄鋼メーカーのような持ちつ、持たれつで協力する深い関係は必要なく、完成車メーカーはサプライヤーと契約によるドライな関係だけで成り立つ。

 日本の自動車メーカーはサプライヤーと現場同士が協力して商品をつくり上げる「すり合わせ」開発によって高品質な自動車を製造してきたが、EVではこれが通用しなくなる可能性もある。自動車メーカーは、カーボンニュートラル時代に適した新たな関係をサプライヤーと構築していく必要がある。

(編集委員 野元政宏)