日本製鉄の電磁鋼板

 世界3位の鉄鋼メーカーが、最大の取引先で世界最大級の自動車メーカーを相手に法廷で争う。日本製鉄は14日、電磁鋼板の特許権を侵害しているとして中国の宝山鋼鉄と、この製品を電動車に採用しているトヨタ自動車にそれぞれ200億円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴した。トヨタに対してはさらに宝鋼の電磁鋼板を採用している電動車の国内での生産・販売停止を求める仮処分を申し立てている。長年にわたって密接な関係にあったトヨタと日鉄が表立って争うのは異例だ。両社の間に何が起こっているのか。

 「本来は(日鉄と宝山の)材料メーカー同士が協議すべき事案で、当社が訴えられたことについては大変遺憾に感じている」―。日鉄が宝鋼の電磁鋼板に関してトヨタを含めて提訴したことについてトヨタ側に戸惑いが広がっている。電磁鋼板の特許に関しては3社は交渉を続けてきた。最終的に解決に至らなかったものの、宝鋼だけなら理解もできるが「最重要顧客」(日鉄)であるトヨタまで提訴するのは予想外だ。

 日鉄の提訴でトヨタとの関係にヒビが入ったとも見られるが、兆候は以前からあった。日鉄は2021年上期出荷分の鋼材価格の交渉で、トヨタに対して大幅な値上げを要請、受け入れられない場合は供給量を減らすことも示唆するなど、強気の交渉を展開。結果、トヨタは大幅値上げを受け入れざるを得なかった。

 両社の過去の価格交渉では、購買力が圧倒的なトヨタの要求を日鉄が不承不承のまざるを得ない状況が続いてきたが、今春、日鉄は態度を一変する。国内の高炉の一部を閉鎖・休止して鉄鋼の生産能力を削減するなど、スリム化した。鉄鉱石の価格急騰などで海外大手鉄鋼メーカーが鋼材価格を大幅に引き上げて市況が上昇したことも日鉄にとってプラスに働いた。「値上げに納得しないなら輸入材を調達してはと、強気の交渉に打って出たようだ」(部品メーカー)。

 今回の電磁鋼板をめぐる争いは日鉄、トヨタともに「(今春の)価格交渉と関係ない」とするが、両社の関係性には変化が生じている。電磁鋼板は電動車のモーターコアなどに使用する特殊な製造プロセスで製造する材料で、電動車の性能を大きく左右する。日鉄は当初、電磁鋼板技術で他社を大きくリードしており、トヨタの初代「プリウス」に日鉄製のものが採用されている。当時はオンリーワンの技術で収益率も高く、日鉄にとって将来の成長も見込める虎の子の技術だった。

 しかし、日鉄の電力インフラの変圧器向け電磁鋼板技術が当時の新日本製鉄元社員の手で韓国のポスコに持ち出され、この技術が今度はポスコの元社員によって宝鋼に流出。宝鋼は元は日鉄の技術を使って電磁鋼板に参入した。これによって電磁鋼板は価格が大幅に値崩れし、日鉄の成長事業も大きなダメージを受けた。

 その宝鋼の電磁鋼板をわざわざ中国から輸入して昨年ごろからトヨタが採用したことに対して、日鉄は忸怩(じくじ)たる思いも持っていることが透けて見てとれる。トヨタは宝鋼から電磁鋼板の供給契約を結ぶ前に「他社の特許侵害がない」ことを確認したとしており、自動車メーカーが取引先と公の場で争うことになる。

 自動車産業は自動車メーカーが開発から生産まですべてを手がける垂直統合の典型で、取引先に対して自動車メーカーが絶対的な権力を持つ。一方で、今後、本格的な普及が見込まれる電気自動車(EV)は部品点数が少なく、構造も簡単なことから、複数のパートナー企業が技術を持ち寄って製品を製造する水平分業が進むとみられている。長年、親密な関係にあったトヨタに反旗を翻した日鉄。自動車産業の水平分業化を見据えて、顧客である自動車メーカーと新しい関係を築こうという深謀遠慮とも見てとれる。

(編集委員 野元政宏)