RCEPに署名した菅首相と梶山経産相
梶山経産相と会談した英トラス国際貿易相

 2021年は日本が重視する「自由貿易」の勢いを取り戻せるか、重要な一年となりそうだ。米トランプ政権に代表されるように、近年は主要国の一部で自国の都合を優先する「保護貿易」の流れが強まっていた。昨年は未知の新型コロナウイルス感染症が世界で猛威を振るう中、こうした動きがさらに進む懸念もあった。しかし、日本は諸外国に自由貿易の重要性を説き続け、15カ国による「東アジア地域包括的経済連携(RCEP)」の署名にも大きな役割を果たした。このような良い流れを今年、もっと大きなウエーブにつなげられるか、日本の手腕に注目が集まりそうだ。

 国内事情などにより参加を見送ったインドを除き、昨年11月に最終合意に至ったRCEPは、世界経済にとって、かなり大きなインパクトがある。参加した15カ国だけでも、世界の国内総生産(GDP)や貿易総額、人口において約3割を占めており、トップクラスの巨大な経済圏が生まれるからだ。当然、この効果が日本の自動車産業の成長に追い風になることは間違いない。参加国は自動車部品などで10年超の時間をかけながら、関税を段階的に引き下げ、最終的には撤廃する方向で合意している。中長期で日本からの部品輸出の拡大につながるとみられ、国内産業の活性化にも期待がかかる。

 欧州連合(EU)から離脱した英国とも自由貿易で成果を上げた。昨年9月、日本と英国は「日英包括的経済連携協定(日英EPA)」で大筋合意。同年10月にはエリザベス・トラス国際貿易相が来日し、日英EPAに署名した。新型コロナの影響により、国をまたいだ往来が困難になる中、本格交渉から大筋合意まで約3カ月というスピード決着を実現。EU離脱の移行期間切れが迫る昨年末までに、絶対に間に合わせるという両国の思いが実った格好だ。

 しかも交渉の土台になった日EU間のEPAに比べても、自動車部品の即時関税撤廃対象を増やすなどハイレベルな内容を導き出した。英国に進出する日系企業は約1千社もあり、「両国間のビジネスの継続性を確保する」(梶山弘志経済産業相)との思いが原動力となった。日英EPAは昨年12月に閉会した臨時国会で承認を受けており、21年以降も日英間のビジネス環境が不変であることを担保している。

 コロナ禍で世界的にサプライチェーンが影響を受ける中でも日本は各国に過度な保護主義に至らないよう呼びかけ続けてきた。こうした日本の姿勢は、諸外国にも波及しつつある。そもそもRCEPに加わった中国や韓国が、多国間のEPAに加わることは珍しい。さらに、中国の習近平国家主席は昨年11月の「アジア太平洋経済協力(APEC)」の首脳会議の場で、「環太平洋経済連携協定(TPP)」への参加を検討することを表明した。英国もRCEPの署名でトラス国際貿易相が、TPP参加への強い関心を示した。英国のEU離脱は保護主義の高まりを受けてのものだったが、こうした国でも自国の経済成長に資する自由貿易のメリットが見直されているものとみられる。

 自由貿易の進展に風向きが変わりつつあるのは、歓迎すべきことではある一方で、懸念材料もあるのが事実だ。中国のTPP参加検討は、米国との間で激化する貿易摩擦をけん制する狙いがあるとみられる。TPPはRCEPよりもハイレベルで貿易の自由化が求められ、国営企業の多い中国にとってハードルは高い。中国の経済圏が加わればTPPの存在感は増すが、安易にハードルを引き下げればTPPの実効性に疑念が出てくる。同じく英国も交渉相手としては強敵だ。今年、TPPの議長国を務める日本の責任も高まるが、梶山経産相も「TPPが求める条件や基準を満たしているかどうか、慎重に見極める必要がある」と釘をさす。

 また、RCEP自体も早期のインド参加を実現できなければ、相対的に中国のウエートが高まる恐れもある。再び自由貿易の動きが後退しないようにすると同時に、日本が標榜する「自由で開かれたインド太平洋」構想の実現に向け、今年も通商交渉で日本がやるべきことは多そうだ。