コロナ禍をきっかけに加速したデジタル化。既存の枠組みを超えた新たな自動車流通のカタチが模索され始めている
住友ゴム工業のウェブオーダーシステム使用風景

 自動車産業で、デジタルトランスフォーメーション(DX)が加速している。CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)やMaaS(サービスとしてのモビリティ)の進展など100年に1度の大変革期に対応するとともに、新型コロナウイルスの感染拡大によって後押しされた働き方改革を推進する狙いもある。DXは、生産現場をデジタル技術によって見える化し、膨大なデータを収集、分析することで生産効率の向上などにつなげる取り組み。製造業のみならず、中古車市場や損保業界など流通領域にも及んでいる。

 DXの導入は、国を挙げた取り組みだ。経済産業省は、DXについて「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」と定義している。単にITを使って業務効率化を図ることが目的ではなく、企業の業務プロセスやビジネスモデルそのものを変革することが大きなターゲットと捉えている。

 その意味で、コロナ禍対応によって求められたテレワークの推進もDXの一環と言える。多くの企業では在宅勤務やテレワークを推進。社内会議もオンライン化され、コロナ禍以前から国を挙げて進めてきた働き方改革の推進につながった。こうした身近な業務改革もDXの一つとなる。

 製造現場でのDXは、IoT(モノのインターネット)やAI(人工知能)を活用することで、生産現場やこれまで自社で蓄積してきた膨大な情報をデジタル化し、「生きたデータ」として生産の状況や実績、設備機器の状態管理や検査などさまざまな情報を収集する。大量のデータを分析することで、生産性の向上や不良原因の分析、設備機器の予防保全などを実現している。専門の拠点や部署を設置し、将来の事業の柱に育てるべく取り組んでいる企業も少なくない。

 JFEスチールは、2020年7月にDXに特化した推進拠点「JFEデジタルトランスフォーメーションセンター」を設立した。生産性を向上させてコストを軽減するとともに、サイバーフィジカルシステムの共通化や標準化を進め、生産拠点の操業技術を向上させるのが狙いだ。

 沖電気工業は、スマート工場化を支援する「マニュファクチャリングDX」を提供する。同社が得意とするIoT活用ノウハウや、音や振動などのセンシング技術などを活用し、製造業向けにサービス化したものだ。

 JVCケンウッドは、2019年4月に専門部門「DXビジネス事業部」を立ち上げている。主力事業とするカーナビゲーションやオーディオシステムなど、ハードを軸にした既存の体制からデータを生かしたソリューションビジネスへと転換する。

 一方、課題も少なくない。一般的に言われるのが、既存業務の整理と必要な変革の見極めだ。DXは、単にIoTやAIを取り入れればいいというものではない。現場で収集したデータを生かして事業変革をどう進めるのか。その青写真を描き、DX化を進める経営トップの強い意志も不可欠となる。

 DXは生産現場だけではない。点検や調達、マネジメントツールなど、幅広い分野で製造業のDXを支援しようとさまざまなサービスを充実している。

 NTTコミュニケーションズとPwCコンサルティングは、製造業向けのDX支援を手掛ける。メーカーが発注する設計データとサプライヤーの製造リソース情報を活用したマッチング型の「マーケットプレイス」と、メーカーの公開案件にサプライヤーが見積回答で対応する入札型の「デジタルマーケットプレイス」の2種類のサービスを提供しており、メーカーとサプライヤーをつなぐマッチングサービスとして中小企業の新規顧客開拓を支援する。 

 米アナプラン社のクラウドサービス「アナプラン」は、購買や研究開発、営業、財務など、各部門の計画プロセスをクラウドで連携。計画業務におけるコストや時間の大幅軽減をサポートする。

 日本のものづくり力は、中小零細企業で支えられていると言っても過言ではない。日本が長きに渡り培ってきた世界に誇るものづくりを100年に1度の大変革期に対応したものするためにも、DXは必要不可欠な取り組みだ。

 一方で、自動車流通、アフターマーケット領域でもデジタル化の波が急速に押し寄せている。コロナ禍によってビデオ会議システムなどを活用したリモート商談など、ユーザー向けサービスへの取り組みが活発化しただけでなく、市場にあふれる膨大なデータを生かそうとする取り組みが目立ち始めた。

 日野自動車は、ビッグデータを活用した新サービスの創出に向け、デジタル基盤の整備に乗り出している。車両の走行状況に紐づく膨大なデータに加え、生産、販売、整備など各部署が持つ情報の一元化を推進。自社でのソリューション開発に生かすとともに、日野グループの販売、整備会社に加え、トラック・バス運送事業者といった顧客までをデータでつなぎ、輸送効率の向上や在庫管理の最適化などを推進するデジタルビジョンを掲げる。

 社外にも公開することで新たな価値を生み出す取り組みでもあり、すでにパートナー企業とコネクテッドカーを活用した運行管理や予防整備のサービス開発に着手している。来年度以降も仲間づくりの輪を広げていく。

 中古車市場でもDXの動きが活発だ。中古車テレビオークションなどを運営するオークネットは20年1月、同社が持つ膨大な車両情報を活用して「売り手」と「買い手」をネット上でマッチングする新たなサービスを始めた。会員事業者に提供する査定支援アプリによって収集した中古車の買い取り情報を即座に解析し、過去の取引情報から購入する可能性が高い会員にネット上で購入を促す仕組み。中古車流通の主流である中古車オークション(AA)よりも〝新鮮〟な情報を流通ルートに乗せることが可能になる。

 世の中に一台として同じ状態の商品が存在しない中古車の流通では、年式や走行距離、修復歴の有無、売買履歴などのデータの持つ価値は大きい。オークネットが狙っているのも、こうした膨大なデータを一元的に収集、管理する情報流通プラットフォームとしての役割だ。各事業者やAA会場などに散らばっていたデータを集約することができれば、中古車のデータ流通という新たな市場が、新たな価値を生み出していく可能性を秘めている。

 また流通過程で改ざんされる恐れもある中古車の車両データを、ブロックチェーン(分散台帳)技術で管理しようとする動きも出てきた。19年9月に設立されたシェルフエーピーは20年11月、ブロックチェーン技術を活用した中古車売買サイトを開設した。カーセブンディベロプメントやブロードリーフ、ビィ・フォアードなどとも手を組み、アジア、オセアニア地域を対象に中古車を販売する。

 さらにSBIホールディングス子会社のSBIアフリカも、中古車輸出における取引にブロックチェーンを活用する準備を進めている。こうした動きが中古車流通全体に広がれば、長年にわたって中古車市場の懸案であった車両情報の信ぴょう性を格段に高めることができると期待され始めている。

 デジタルによって流通過程を効率化しようとする試みも進んでいる。住友ゴム工業は20年4月、新車ディーラーやガソリンスタンドなどからの受注に関して、ウェブによるオーダーシステムをダンロップブランドで導入した。これまで主流だった電話やファックスによる注文では在庫確認に時間を要するなど、非効率な部分が少なくなかった。オンラインで在庫や納期の確認が一目で分かる仕組みを採用することで、系列タイヤ販社の業務負担軽減にもつながる。まずは定期納品分を中心に徐々にオンラインに移行し、浮かせた労力を営業活動や顧客サポートの向上に振り向ける。

 損害保険業界でも、顧客対応のデジタル化が進んでいる。東京海上日動火災保険は、20年12月からオンライン商談手続きを開始した。契約申し込み手続きをペーパーレス化し、オンラインで完結させる。個人向け自動車保険の新規、更新手続きが対象だ。

 損害保険ジャパンは、傷害保険の受け付けから支払いに対話アプリ「ライン」の自動応答機能(チャットボット)を活用したシステムを導入しており、21年中にも自動車保険に展開することを検討しているという。時間を選ばずに手続きできる利便性を提供するとともに、業務の省人化と効率化にもつなげる見込み。

 自動車流通市場では、行政の登録制度が複雑なこともあり、紙の書類が少なくない。こうした状況は、新車販売現場を効率化する上でも足かせとなり、デジタル化が進まない要因ともなってきた。ただコロナ禍を機に、既存の仕組みを見直す動きが鮮明になっているのも事実。現時点で次世代の販売現場があるべき姿は見えていない中、21年はデジタル社会への対応力が試される1年となりそうだ。