自動車業界では、研究開発、生産、アフターマーケットなど多様な領域で人工知能(AI)の活用が進んでいる。精度の向上や作業の効率化など、目的はさまざまだ。CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)対応でもAIが果たす役割は大きい。
「2025年にはすべての製品と開発、製造過程にAIを備える」。エレクトロニクスの国際見本市「CES2020」で、ボッシュのミヒャエル・ボレ取締役はAIの活用を加速する方針を掲げた。22年をめどに、AI人材を20年の20倍にあたる2万人に増員する計画だ。ドイツや日本の主要な研究開発拠点などに人材をプールし、そこから世界に派遣する。
完成車・部品メーカーがAI人材の確保を急ぐ背景には、CASE領域における開発競争の激化がある。自動車がインフラや他の車両と繋がるコネクテッド機能、周囲と協調しながら自律走行する自動運転などは、集まってくる膨大なデータをAIで瞬時に解析、分析し、車両側にフィードバックする必要がある。従来の部品単体でのハード中心の提案から、ソフトウエアを含めたCASE領域での提案が重要になる。
完成車メーカーでは、AIを用いた開発を巡り、協業や提携の輪が広がってきた。マツダは20年、スタートアップ企業のセカンドマインドと提携。同社のAIをエンジン開発に用いる。AIで点火時期や燃料の量を電子制御して最適化を狙う。ホンダも中国のセンスタイムと共同研究を進めており、自動運転システム開発を進めている。
実装も進む。すでに、対話型音声認識機能の中でAIが用いられている車両も出てきた。メルセデス・ベンツは「Sクラス」で対話型情報システム「MBUX」を前席だけでなく後席でも利用できるようにした。音声で空調やカーナビゲーションシステム、オーディオの操作が可能だ。ホンダも電気自動車「ホンダe」でパーソナルアシスタントを初めて搭載した。このシステムはクラウド上のAIを活用することで、従来の音声認識よりも自然な発話に対応できるという。
部品メーカーでは、開発や生産工程にAIを取り入れ、精度の向上や作業の効率化を図るケースが多い。トーヨータイヤは、AIを用いた基盤技術「T―MODE」を開発工程に導入。各設計者が持つ実験や統計のデータを横軸で一元管理してビッグデータ化することで「従来は1~2時間かかっていたシミュレーションを1~2秒に短縮できる」(トーヨータイヤ)など、分析のスピードを格段に向上させた。
タイヤメーカーでは、住友ゴム工業がタイヤ用配合ゴムの電子顕微鏡画像にAI解析技術を適用することで、高精度な物性推定ができる「タイヤリーブAIアナリシス」を確立した。ブリヂストンもグループ会社でAIを用いてスタッドレスタイヤの摩耗状況をウェブ上で診断するサービスを展開する。従来の売り切り型ビジネスから、販売後も収集したデータを活用するソリューションサービスへの転換を図る上で、AIの存在は欠かせない。
次世代製品の開発でもAIが果たす役割は大きい。日清紡ブレーキは、電動化に対応した新製品開発にAIを用いる検討を始めた。過去20年分のデータをAIに取り込み、原料の配合や調整、シミュレーションを実施。実機を使用する時よりも、開発の時間やコスト、工数を3割軽減できる計画だ。
生産工程では、検査にAIを用いる企業が増えてきた。テイ・エステックは、溶接状態などの品質検査工程にAIを取り入れ、検査精度の向上を進める。現在はカメラなどを用いて人が判断しているが、AIを活用することでヒューマンエラーを防ぐ。丸順もカメラで行っている不良品の検出をAIで代替する検討を始めている。
一方で、自動車流通やアフターマーケットの現場にとって悩みの種となっているのが、慢性的な人材不足だ。自動車の高度化などによって求められる知識が増える中、いかにして高効率、高品質のサービスを提供するのかが、この市場で生き残る上で不可欠な要素だ。
AIを活用して業務の効率化を進めるのが、自動車リース大手の日本カーソリューションズ(NCS)。自動車リース会社では、契約車両のメンテナンス委託先工場から届く請求の数が膨大で、整備内容や記載漏れの確認などで多くの労力が必要になる。NCSの場合、請求件数は年100万件を超え、確認作業に20人程度の人員が必要だったという。
こうした中、書類チェックを自動化する「業務代行AI」をエヌ・ティ・ティ・コムウェアと共同開発。人による確認作業を60%削減することに成功した。AIの活用によって余った労力は、他の業務品質向上につなげているという。
委託先の整備工場が専用システムに請求情報を入力すると、AIがリアルタイムで請求内容をチェックするため、人による作業と比較して、請求から支払いまでに必要なリードタイムの短縮が可能だ。20年6月には特許を取得し、他のリース会社への外販も検討している。さらに、自動車リースに関わる他の業務でもAIを活用した業務システムを開発していく考えだ。
人とAIが〝会話〟し、最適な入庫時間を提案する取り組みも始まった。三菱商事エネルギーの子会社で、自動車整備予約や顧客管理プラットフォームの運営を手掛けるカーフロンティアは、整備工場や給油所が活用できる電話応対自動化システムの構築に向け、20年10月に実証実験を実施した。
人が対応する電話予約受付業務では、入庫希望日時のすり合わせや空き状況の確認に手間がかかり、少人数の工場では整備作業に支障をきたすこともあった。同システムは、自動音声にユーザーが口頭で返答することで予約を完了する仕組みのため、整備現場の負担軽減につながる。
システムに採用するLINE(ライン)のAIは、自動音声で顧客からの電話に対応するとともに、予約台帳システムと連動して最適な入庫時間も提案できるという。同社がこれまで提供してきたウェブ予約のプラットフォームだけでは対応できないニーズを取り込むことも期待できる。今春には正式に運用をはじめたい考えだ。
オートローンの審査でもAIの活用が進んでいる。ジャックスが提供するオンライン契約型のオートローン「ウェビーオート」は、18年にAIによる自動回答をスタートした。それまで10分以上かかっていた審査結果の表示が10~15秒に短縮した。オリエントコーポレーションも20年3月に「早期回答スキーム」を導入。それまで社員が行っていた審査結果の最終確認もAIに置き換え、回答時間をさらに短縮している。
今後、AIの活用が加速しそうなのが中古車流通市場だ。イドムが提供する「ガリバーオート」など、AIを活用したスマートフォン向け査定アプリの提供が進み、新車ディーラーなどでも下取り車査定におけるAI活用が広がりつつある。車両状態と膨大な取引データから買い取り価格を算出する中古車の査定は、AIを活用するメリットが大きい領域の一つともいえる。
さらに、人手不足に悩まされている中古車オークション(AA)の出品前検査でAIを活用する動きが出てきそうだ。最大手のユー・エス・エス(USS)は20年4月、車体の下部やタイヤ・ホイールの側面を撮影するシステムを名古屋会場に導入した。
イスラエルのUVeye社が開発し、豊田通商子会社の豊通オートモーティブクリエーションが日本で販売する同システムは、車体を3次元スキャン撮影することで、クラウド上のAIがエンジンや変速機、マフラーなどといった部位ごとの異常を見つけ出せる。車体外観の傷なども判別できることから、出品車両の検査への活用が期待されている。
別のAA会場でも同様のシステム導入を検討しており、中古車流通における査定、検査業務が「完全自動化」になる日は遠くないかもしれない。