いすゞとボルボグループの業務提携で、商用車業界の連携は複雑になっている
トヨタがケンワースと共同開発したFC大型商用トラック
三菱ふそうの燃料電池トラックコンセプトモデル「eCanterF-CELL」

 燃料電池車(FCV)の実用化に向けて商用車メーカーの提携が加速している。「究極のエコカー」と呼ばれ、一部の大手自動車メーカーは2010年初頭には一般的なクルマとして普及すると予想していたが、水素燃料インフラが整備されていないことや、高い車両価格などがネックとなってまったく普及していないFCV。乗用車よりは普及のハードルが低い商用車分野で活路を見出そうと提携が拡大しているものの、「狭い世界」だけに差別化が難しくなりそうだ。

 新型コロナウイルスの感染拡大で、世界中の自動車メーカーが工場の稼働停止や需要減少に直面して、先が見通せない状況に困惑する中、4月21日に商用車業界を驚かせる提携が発表された。中大型トラック市場で世界トップのダイムラートラックと、同2位のボルボ・グループ(ボルボトラック)が燃料電池分野で提携することで合意した。両社は大型車両用のFCシステムを開発・量産するため、折半出資の合弁会社を設立して20年代後半には長距離輸送できるFCシステムを搭載した大型商用車の実用化を目指す。

 ダイムラートラックとボルボトラックは欧州を中心とする大型トラック市場でトップを争うライバル同士。その2社がFC領域限定ながら手を組むことにした。ダイムラートラックのマーティン・ダウム会長は「重量物の積載と長距離走行に対応するトラックにとって燃料電池は一つの重要な回答。ボルボ・グループとの合弁事業は燃料電池トラックとバスの普及を実現するマイルストーンとなる」とコメントしている。

 FCVは水素と酸素を燃料電池システムで化学反応させ、発電した電力を使ってモーターを駆動する電動車両の一種だ。燃料は水素で、走行中に発生するのは水(水蒸気)のみ。二酸化炭素(CO2)のほか、窒素酸化物、粒子状物質などの有害物資の排出がゼロなため、究極のエコカーとも呼ばれる。電気自動車(EV)と異なって600~700㌔㍍の航続距離を確保でき、燃料供給も短時間で可能だ。それでも普及していないのは、燃料である水素を供給する水素ステーションが不足していることや、FCシステムの触媒に高価なプラチナが必要なことから車両価格が高くなるためだ。

 トヨタ自動車の「MIRAI」(ミライ)や、ホンダの「クラリティ・フューエルセル」、ヒュンダイモータースの「ネッソ」、メルセデス・ベンツの「GLC―Fセル」などのFCVが実用化されているが、市場で存在感は示せていない。FCVより車両価格の安い電気自動車(EV)がリチウムイオン電池の技術進化によって航続距離を延ばしており、FCVの優位性もなくなっているのが現状だ。

 こうした中、FC技術の活用として注目されているのが商用車分野だ。世界的に環境規制が強化され、トラックやバスも対応を迫られている。乗用車はEVシフトが加速しているが、商用車のEV化は限られた域内を走行する宅配専用車なら可能だが、重量物や多くの人を長距離輸送する大型トラック・バスでは難しい。積載量やスペースが犠牲となる重いリチウムイオン電池を大量に搭載する必要があるためだ。FCトラック・バスなら、多くの荷物を搭載して長距離を走行できる。トラック・バスなら、ほぼ決まったルートを走行するため、不足している燃料供給インフラの問題もある程度解決できる。ただ、高出力が求められるFC商用車を低コストで開発することは容易ではない。

 そこで商用車各社は開発コストの分散や技術を持ち寄ってFCトラック・バスの早期実用化を目指す。ダイムラートラックとボルボトラックだけではない。いすゞ自動車は今年1月、FCVを実用化しているホンダ、研究開発会社の本田技術研究所と、FC大型トラックを共同研究することで合意した。いすゞはクリーンディーゼルや天然ガス自動車(NGV)用エンジン、EVなどの環境対応技術の研究開発に取り組んできたものの、FC関連技術では遅れていた。ホンダは30年以上にわたって取り組んできたFC関連の研究開発技術を、トラック・バス、鉄道、航空機といったさまざまな用途に拡大して有効活用する意向を持っていた。FC大型トラックの早期実用化に向けて協力することで両社の考えが一致した。

 日野自動車は、親会社であるトヨタ自動車と、大型トラック「プロフィア」をベースにしたFCトラックを共同開発する。トヨタのFCVであるミライの次期モデル向けに開発するFCスタックを2基搭載して航続距離600㌔㍍の大型トラックの実用化を目指す。

 19年の東京モーターショーにFC小型トラックのコンセプトカー「ビジョン・Fセル」を世界初公開した三菱ふそうトラック・バスは、親会社ダイムラートラックと連携を強化して、20年代後半までにFCトラックを量産する計画を公表した。車両総重量7・5㌧クラスで航続距離300㌔㍍、水素充填時間10分以内の量産トラックを市販する計画だ。

 一方、商用車のFC分野での提携が拡大する中、商用車各社の関係性は複雑になっている。ボルボトラックは、傘下にUDトラックスを持つが、ボルボトラックは19年12月、いすゞとの戦略的提携で合意、この一環でUDをいすゞが買収する。このため、ボルボトラック、いすゞ、UD、ダイムラートラック、三菱ふそう、さらにはホンダがFC関連技術で深いつながりを持つ可能性がある。

 また、トヨタとFCトラックを共同開発する日野は、フォルクスワーゲン(VW)グループの商用車部門トレイトンと業務提携している。両社は小型から大型までのトラック・バスに適用できる電動プラットフォームなどを共同開発することで合意しているが、FC商用車に展開することも視野に入れている。一方で、トレイトンの親会社であるVWグループは傘下のアウディが現代自動車とFCVの開発で提携した。現代自はFCトラックを欧州で市販するなど、FC商用車にも力を入れており、提携関係が発展する可能性がある。さらに、トヨタは米国大手トラックメーカーのケンワースとFC大型トラックを共同開発しているほか、中国の北京汽車グループの北汽福田汽車とFC商用車分野で提携している。

 どんなに優れた環境技術でも普及しなければ意味がない。開発投資を抑えて実用性の高い低価格のFC商用車市場を早期に立ち上げるため、商用車各社の提携が拡大している。その反動で、各社が同じような技術となり、差別化することが難しくなってくる可能性がある。FC商用車の実現は、自動車各社が恐れるクルマのコモディティ化を加速させるリスクを抱えている。

(編集委員 野元政宏)