13日、大阪・関西万博が開幕した。モビリティ関連で目玉とされていたのが電動垂直離着陸機「eVTOL(イーブイトール)」、いわゆる空飛ぶクルマだ。しかし万博での商業運航を予定していた4事業者はいずれも開幕までに断念し、無人のデモ飛行に切り替えた。海外では中国で実用化が近づいており、米国やインドでも期待は高い。安全面を筆頭に課題は多いが、将来、移動の選択肢となり得るか。さらなる技術進化と、社会での合意形成がカギを握る。
万博では4つの運航事業者がeVTOLの飛行に向けて準備を進めていた。このうち、住友商事と日本航空のジョイントベンチャーは会期中の飛行を断念し、機体の展示のみとした。スズキが出資するスカイドライブは試験飛行こそ実施したものの、開幕日の飛行は悪天候で中止した。丸紅は2日目にデモ飛行を実施し、トヨタ自動車が出資するジョビー・アビエーションとANAホールディングスも10月の閉会までにデモ飛行をする予定だが、いずれも一般来場者の搭乗は見送る予定だ。
eVTOLは特に交通渋滞が深刻化する都市部を中心に実用化が期待されている。発着地から目的地までを結ぶことで、ビジネスや観光需要だけでなく、災害時や医療支援など公共サービスとしての活用も見込まれている。内燃機関を組み合わせた「ハイブリッド型」の場合、理論上、数百㌔㍍の移動も可能だ。再生可能エネルギーと合成燃料を用いることで、移動時の環境負荷を下げることも期待されている。
とりわけ、人口集中が激しい海外の都市での期待値は高い。米デルタ航空もジョビー・アビエーションに出資し、空港を離発着する「エアタクシー」の実現を目指す。渋滞が社会問題となるインドでは、すでに現地のプライベートジェット運航会社がスカイドライブに機体を50機、先行発注している。スズキの拠点があるグジャラート州などでの事業化を検討している。
開発が先行しているのは中国だ。小鵬汽車(シャオペン)グループのエアロHTは、6輪駆動車の後部にeVTOLを格納する「モジュール式」の空飛ぶクルマの開発を進める。すでに人を乗せた試験飛行を実施し、来年には顧客への納入を始めるとしている。今後は長距離移動用の機体や、プロペラを取り付けた乗用車型の機体の市販化も構想している。
国内でも官民協議会が「空の移動革命」としてロードマップを公表しているものの、実用化は当面先になる見込みだ。関西万博では安全性を証明する「型式証明」の取得が間に合わずに各陣営とも商業運航を見送った。国土交通省は運航密度を上げて、自律制御まで可能になるのは30年代以降だとしている。
安全基準や運航空域、事業に関する具体的な制度づくりも、本格化するのは20年代後半以降になる見通し。自動車の運転支援システムと同様に、自動運航時に起きた事故の責任の所在、さらに免許制度などの議論もこれからだ。
矢野経済研究所は23年の段階で、50年には空飛ぶクルマの市場が180兆円を超える規模まで成長すると予測。離発着場などインフラ関連の整備も進むと分析する。ただ足下では、有力スタートアップと期待された独ボロコプターや独リリウムは昨年以降、相次いで破産を申請した。将来、市場規模が拡大するか否かは、今後25年間の技術進化と社会受容性によって大きく左右されることになる。
日本の自動車メーカーもトヨタやスズキのほか、ホンダとスバルが自社で機体開発に取り組んでいる。素材メーカーや電動部品メーカーなども将来の事業機会に期待するが、各社の夢を追う取り組みは始まったばかりだ。