自動車の技術とデザインは、脈々と進化を続けている。ただ、これらはどこまで熟成が進み、そしてどれだけユーザーフレンドリーに仕上がっているのか…。その出来栄えを元ホンダ開発責任者、繁浩太郎氏(コータロー)が最新モデルなどの試乗を通じ〝自動車プロ〟の目線で評価する。
都内湾岸エリアで開かれたダイハツ車の試乗会に参加した。
一般的に試乗会は、メーカーの広報業務の一環で、ユーザーにアピールしたい量産車に私たちジャーナリストらが見て乗ってその個性をユーザーに伝えるものだ。ただ、今回ダイハツは、量産車には違いないが商用車や福祉車両まで用意していた。
正直チョット面食らった感じはあったが、元々あまり表に出てこない車両なので興味を持ち、今回はそれらに試乗をしたりプレゼンを聞いたりした。
乗用車として使える「アトレーデッキバン」
「アトレーデッキバン」の開発のきっかけは、電気店から「冷蔵庫を配達するのに大きな荷室は不要で、単に冷蔵庫を載せられる商用車が欲しい」ということだったらしい。
しかも、そこから発展して4人乗れるようにすれば、ユーザー層が広がらないか?という企画で作られたということだった。
確かに、ハワイなどに行くと小型なトラックの後ろにサーフボードを載せて何人かで移動している姿や、買い物に行ってそれを無造作に後ろの荷室に放り込んで走っている姿を見かける。その生活感がカッコ良かった。湘南でも時々見かける。
特にユーザーコスト負担の少ない軽商用車なら…。ユーザー層が増えそうだ。
名付けてSUVでなく「FUV(ファン・ユーティリティー・ビークル)」!
これは私が勝手につけたものだが、さまざまな用途に使えて、楽しい感じがしたのだ。
しかし、商用車は荷物の運搬を主に考えたカテゴリーであり、乗員4人がラクには座れないシートや重い荷物も乗せられる硬いバネで乗り心地が良くないというのがお決まりだ。
冷蔵庫程度のものを載せるのなら、商用要件(最大積載量)の350kgでの対応は不要で、冷蔵庫は大きいものでも150kg程度だ。つまり、バネを柔らかくして、乗り心地を良くすることができる。ちなみに、アトレーデッキバンの場合は250kgまでとなる。一般的には充分だ。
さらに、商用車はその要件からシートは薄く、後席のシートバックが直立に近いのが一般的で、後席の乗り心地は良くない。
しかし、アトレーデッキバンもこれらの要件を満たしているのに、乗り心地は良かった。
車両のバネが乗用車に近いことからか、薄いシートクッションでありながら、普通のアスファルト道路を走っている限り、底着き感はなく乗り心地は良かった。
アトレーデッキバンはSUV的カテゴリーで、リアシートの着座位置が高い。そんなにシートバックにもたれ掛かるような形で座らずに、どちらかというと前屈み的に座るので、シートバックの直立?が気にならなかったのかも?しれない。
また、NVH(ノイズ・バイブレーション・ハーシュネス)がほぼ乗用車レベルで快適だった。
他にもさまざまな工夫があり、私のようなプロが試乗して、真っ先に感じた事は「これ商用車? 普通の乗用車じゃないの?」だった。
つまり、アトレーデッキバンは、乗用車として十分使えるということだ。
日本で唯一で、他にない商品だ!
ベーシックな軽「ミライース」
「ミライース」は、もちろん商用車ではなく乗用車なのだが、乗り心地などはソコソコで特筆ものの品質はなかった。
また、なにより、普通の軽自動車の広さは、スーパーハイトワゴンに慣れた身には“狭さ”を感じた。決して狭くはないのだが。NVHもそれなりだ。
そこで、考えなければならないのは価格と燃費だ。
地方の高齢者などのユーザーは、買い物といった移動だけにクルマを使う場合は、「シニアカー」レベルでも何とかなるのだが、これは量産されていないため、下手すると40万~50万円くらいはする。
さらに、転倒のリスクや雨風・暑さ寒さ…など、クルマとは全く比較にならない。
その使い方から、とにかく安い軽自動車が欲しいというユーザーに応えるように、イースでざっと100万円ちょっとだ。
車重も「タント」の930kg程度に対し、650~670kgと軽いので、燃費は良いはずだ。
また、商用車ではその要件から一般的に乗り心地が悪いが、乗用車のイースなら問題なく、また逆に商用としても使える。
イースは、バリュー・フォー・マネーが最高のクルマなのだ。
5ナンバーSUV「ロッキーハイブリッド」
軽自動車ではないが、「ロッキーハイブリッド」にも試乗させてもらった。
こちらは、激戦区の小型SUVのちょい下の、5ナンバーSUVとなる。私のような定年退職を済ませた高齢者には、価格、サイズ、性能といい、ぴったり!
デザインもどの年齢層にもアピールする、つまり似合うデザインだ。一言でいうとデザインの質がしっかりとしているからそうなる。
価格は、100万円台から250万円程度。ホンダ「ヴェゼル」なら200万円台後半から300万円を超えてしまう。
乗り心地も全くもって普通小型乗用車となる。
何と言っても、今では少なくなった5ナンバーサイズというのが良いのだ。
日本のインフラの多くは5ナンバーサイズが基準ではないか?結果的に扱いやすさが違う。
同年代の方々、免許証返納までに「ちょっと不注意で」という時期がございます。
そんなとき、3ナンバーという大きなクルマに乗っていて、5ナンバーなら擦らなくて済んだのにと気付いても後の祭り!
最近は物価が高騰しており、修理費用は馬鹿になりません。
デザイン・性能・価格、三方良し! さらにオマケで扱いやすい! さあどうする?
福祉車両「タントスローパー」
福祉車両は、どのカーメーカーも社会的ニーズに応える上で、開発・生産・販売している。
ただ、販売台数が大変少なくてコストは高くなるが、売価はユーザー負担を考えると上げられず、結果的にコストが合わないのでは、と心配している。
そのような中で、各社は福祉の意味合いから生産販売しているという事だと思う。
ダイハツはその中でも積極的だ。
〝お付き合い程度〟という頭しかなければ、他社レベルでお茶を濁すわけだが、深くユーザーのことを考えて、マーケティングも行って設計・仕様に反映している。
センターピラーレス、車いすをクルマの後部から載せるためのスロープ、ボディー構造、さらにその操作性の工夫などは素晴らしい。
このスロープは、自転車を載せる時にもラクに載せられるという裏技もある。
荷室に「自転車をラクに載せられる」とうたっている軽自動車は多いが、とにかくバンパーを越えて載せるので、自転車を持ち上げなくてはならず、これは大変だ。
福祉車両はコストが厳しい中、福祉だからと開発・生産・販売しているダイハツのような企業姿勢はホントに素晴らしいと思う。
そこで提案だが、いくら福祉と言っても収益が良くないと営利企業は長くやっていけないので、これこそ、国の補助金だと思う。
福祉なんだから、本来は国レベルでやることではないか⁉
今でも減税などは考えられてはいるが、もっと大きくカーメーカーを補助しても良いのではないかと考えるのだ。
ダイハツのプライド
1998年の衝突安全向上のための軽自動車規格見直し時は、一斉に開発がスタートしたことから、各メーカーは比較車なしでの開発だった。このため「他車がどんな性能で来るのか?」と頭を悩ませた。
私はホンダで「ライフ」の開発担当だったが、他社から抜き出るために、衝突要件を前面衝突だけでなく、普通小型と同じようにオフセット衝突もクリアした。
結果、オフセット衝突まで開発したのはホンダだけだった。ホンダの開発者たちは頑張った。
その時の、ダイハツの役員の顔が忘れられない。
ダイハツは良い意味で軽自動車ナンバーワンメーカーというプライドを持たれており、実行されていた。
そのわずか1年後、ダイハツもオフセット衝突要件をクリアしてきた。NHKの「プロジェクトX」で取り上げて欲しいくらいだ。
メーカーにとって「プライド」はモノ創りの姿勢として社内でも大切だ。
それがあるから技術を頑張るのだ。技術は相手との勝負というより、自分たちの内面との戦いなのだ。
結果、人間個人としても成長する。
〈プロフィル〉しげ・こうたろう 1979年ホンダ入社、34年間在籍し「CR-Xデルソル」「ライフ」「エリシオン」、2代目「フィット」「N-BOX」など数々のヒット車の開発責任者を務めた。2013年12月定年退職。現在は新聞やウェブ、雑誌で自動車関連記事を執筆している。1952年7月生まれ。