VW子会社のカリアドは昨年、アウディ車向けにアプリストアをオープンした
「SDV車両の開発は初期段階だ」と話す米アリックス・パートナーズのウェイクフィールド氏

 自動車の価値や性能をソフトウエアが司(つかさど)る「ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)」。この概念で開発された新車の普及が2020年代後半から進む見通し。ただ、カーナビ用地図の有償更新割合の低さを考えると、ユーザーがSDVの〝価値〟をどこまで受け入れられるかは未知数だ。ソフトの開発費もかさみ、業界では期待と不安が交錯する。

 SDVは、例えばスマートフォン(スマホ)のようにソフトを更新し、発売後も車両の価値を保てる。テスラ車ではすでにお馴染みだ。ソフト改修で済むのならリコール(回収・無償修理)対応も容易にできる。このほかにもエンターテインメント領域など、ソフト更新で利便性が高まると期待される分野は多い。独コンチネンタルは「100以上の機能をソフトで提供できる」とする。

 欧州勢では独フォルクスワーゲン(VW)子会社のカリアドが車載アプリストアを昨年、オープンさせた。サードパーティー(外部開発者)製のアプリも扱う。日本勢も対応を進めており、トヨタ自動車は定額利用サービス「KINTO(キント)」で、あらかじめ配線などを車体に組み込んで機能拡張に対応する「アップグレードレディ設計」を一部グレードに取り入れている。日産自動車も「『アリア』はコントロールユニットの大半がOTA(無線更新技術)機能を持つ」(中畔邦雄副社長)という。

 各社は、ソフトの有償更新と関連サービスを新たな収益源と位置付ける。三菱自動車は、保有1台当たり年間1万円以上の利益を期待する。

 しかし、ユーザーがこうした機能更新にどこまで財布の紐を緩めるかは未知数だ。今のテレマティクスサービスでも、一定の無料期間を過ぎると地図更新などの継続率が大きく下がるとされる。毎日使うスマホと、サンデードライバーの場合は週末にしか使わないクルマという利用頻度の差もある。

 事業再生などを手がける米アリックス・パートナーズで自動車部門のグローバル責任者を務めるマーク・ウェイクフィールド氏は、SDVの価値について「ユーザーにはソフト更新が感覚的に理解できない場合もある。(サービスを浸透させるのは)難しいだろう」と話す。

 どんな機能をどのくらいの価格で提供すればユーザーから支持されるのか。どの分野のソフトから普及し、収益化の目途が立つのか。大手サプライヤー幹部は「相場観は形成されていない。どれくらいお金が回るのかは計り知れない」と吐露する。ホンダも「デジタルでやれることはどこかで標準化され、対価が取れなくなる」(青山真二副社長)と話す。当初は「ソフトで30年ごろに2千億~3千億円」(青山副社長)と期待していたが、理想と現実のギャップは大きいようだ。

 乗用車より費用対効果が明確なことを理由に商用車のOTAに注目する意見もある。ただ、例えば普通貨物車の平均使用年数は16・12年(自動車検査登録情報協会)。SDVに対応した商用車が一般的になるには、発売から少なくとも10年以上はかかり、OTAのキラーコンテンツを見いだしでもしない限り、普及は難しいかもしれない。

 技術的にはさまざまな機能やサービスが可能なことは確かだが、SDVによる事業モデルについて、収益化への明確なロードマップを持つ企業は皆無と言える。ウェイクフィールド氏も「開発はまだ初期段階だ。各社の戦略には熟考されていないものもある」と指摘する。

 新車開発を効率化し、これまでにない価値をメーカーとユーザーにもたらすとされるSDV。米ボストンコンサルティンググループは、30年までに6500億㌦(約100兆円)以上の価値を創出すると試算する。しかし、その道のりはまだはっきりしていない。