多様なモビリティがデータを共有すると、安全性向上や開発の効率化につながる
MSAを担当する、ボッシュシステムズエンジニアリング&技術戦略部の後藤悠一郎GM

 速度変化やワイパー作動の有無、急制動をかけた場所―走行中のクルマから得られるデータは、渋滞や気象、事故多発地点などの推計に役立つ。以前から「プローブ(探針)カー」と呼ばれ、官民でさまざまなシステムがすでにある。こうした車両データを業界横断で活用するのが、独ロバート・ボッシュの「モビリティ・システム・アーキテクチャ(MSA)」構想だ。

 ボッシュはクルマにとどまらず、信号機や充電、駐車関連機器などの交通インフラを含め、ソフトウエアが進化を主導する「ソフトウエア・デファインド・モビリティ(SDM)」の世界を描く。車両と交通インフラ、さらにエネルギーなどの社会インフラがクラウド上でつながり、全体最適の発想でモビリティの利便性や安全性、エネルギー効率などを高めていくものだ。

 機能の一つが「フリクション(滑りやすさ)マップ」だ。トラクションコントロール(TRC)やABSなどの作動情報を共有し、周辺を通るクルマの事故防止につなげる。インフラともつながれば、歩行者にも注意を促すこともできる。また、電気自動車(EV)では、電池残量と交通状況などから最適な充電地点を割り出して推奨するといった機能にも使える。

 MSAの前提となるのが車両構造の進化だ。次世代車は、車載ソフトの更新により機能の追加や拡充が可能になる。現在、1台当たり数十個にも及ぶ電子制御ユニット(ECU)は今後、高性能車載コンピューター(HPC)としてドメイン(領域)ごとに集約されていく見通しだ。こうした「車のスマホ化」と並行して、データ共有の仕組みづくりを考える必要がある。

 MSAは製品ではなく、あくまで自動車業界の将来をにらんだコンセプトであり、実現時期や具体的な目標などはない。同社がMSAを提唱する背景には、自動車メーカーごとにハードとソフトの仕様が異なり、適合開発に膨大な工数やコストをかけている実態がある。

 先行事例となりそうなのが携帯電話の業界だ。かつては端末メーカーごとに基本ソフト(OS)が違ったが、今は「アンドロイド」と「ⅰOS」の2大OSが主流だ。OSはもともと〝規模の経済〟が働く製品だ。端末メーカーが独自OSをあきらめた背景には、開発や更新に莫大な資金がかかる割に搭載製品を増やせず、コスト倒れになる懸念があった。この構図は自動車業界にも当てはまりそうで、やがてはレイヤー(階層)ごとに共通化を模索する動きも出てきそうだ。

 ただ、課題は多い。自動車メーカーにとってOSや車両情報は、差別化や新事業につながる資産であり、社外とどこまで共有するかのベクトルを合わせることが難しい。また、GDPR(欧州一般データ保護規則)のように、国や地域で異なるルールにも適合させる必要がある。ボッシュ(クラウス・メーダー社長、東京都渋谷区)のシステムズエンジニアリング&技術戦略部で働く後藤悠一郎ゼネラルマネージャー(GM)は「業界でいかに一致団結できるか。ユーザーのためにどんな機能が必要で、どういうデータを共有するかを考えないといけない」と話す。

 車載システムのオープン規格化に取り組む動きは業界内でも複数ある。ロバート・ボッシュやBMW、フォードらが参画する「COVESA(コベサ)」といった、MSAに賛同する団体や企業がどれだけ増えるかもカギとなる。

 データの匿名性を担保しながら、機能の実現に必要な情報を共有し、いかに参加者の利益につなげていくか。ボッシュは今後も粘り強くMSA構想を働きかけていく考えだ。