キャベツ畑にそびえるTSMCの第1工場 (熊本県菊陽町)

 「日本のミッシングピースである先端ロジック半導体の国内生産が実現する」(斎藤健経済産業大臣)─。半導体受託生産(ファウンドリー)で世界最大手の台湾積体電路製造(TSMC)が熊本県菊陽町に建設した第1工場の開所式が2月24日に開かれ、先端半導体の国内生産の道が拓かれた。「日の丸半導体」復活へ最後のチャンスとも言える。自動車業界も国内の先端半導体の生産体制の動向に注目している。

 日本の半導体産業は1980年代には世界シェア50%超を占めていた。しかし、86年に結ばれた日米半導体協定で国内での米国製半導体のシェアを設定されたことや、水平分業移行への遅れなどから日系半導体のシェアは段階的に低下、現在は10%程度にまで落ち込んでいる。

 欧米の半導体メーカー大手は自ら工場を持たずに、半導体の設計などに特化するファブレスが主流となり、半導体の生産はファウンドリーに委託する事業モデルに移行していった。この潮流に乗って事業拡大に成功したのが米半導体大手テキサス・インスツルメンツ(TI)出身で、TSMCの創業者であるモリス・チャン氏だ。演算能力や省エネのため回路が微細化していく半導体は製造が難しい。TSMCは設備や生産技術の開発に投資を集中させ、先端半導体の生産で他を圧倒するまでに成長した。

 海外ではファブレスとファウンドリーによる水平分業が進んだのに対し、日本の半導体産業は、電機メーカーが母体だったこともあり、家電などに用いる半導体を自社で開発・生産する垂直統合型が主流のまま。技術革新が早い半導体の製造は「シリコンサイクル」と呼ばれる3~4年ごとに好不況を繰り返す市況下でも投資の手を緩めるわけにはいかない。この点、日本の半導体メーカーは設備と開発に投資が分散し、微細化の波に追随できずにやがて凋落していった。

 現在、国内で生産されているロジック半導体は、ルネサスエレクトロニクスが製造する40㌨㍍(1㌨㍍は10億分の1㍍)世代が最先端だ。最新のスマートフォンに搭載されている4㌨㍍と比べて「10年以上遅れている」(経産省)。

 TSMC熊本工場で生産するのは12~28㌨㍍世代で、最先端とは呼べないものの、これまでよりは性能が高い。半導体ユーザーである日本企業にとっては先端半導体の安定調達につながる。TSMCのチャン氏は、自身の希望として「(熊本工場が)日本の半導体製造のルネッサンス(復興)になる」と述べ、日の丸半導体の復活に重要な役割を果たす姿勢を強調した。

 熊本工場の運営会社に出資しているソニーグループは、TSMC熊本工場の近くで半導体子会社がイメージセンサーを生産する。吉田憲一郎会長CEO(最高経営責任者)は、世界トップクラスの半導体製造技術を持つ「TSMCから学ぶべきことは多い」と、人材育成効果を期待する。先端半導体と縁遠くなったことで人材が育っていない日本。ソニーはグループ社員を熊本工場に200人以上、出向させ、再起を期す。

 地盤沈下が続いてきた日本の半導体産業だが、製造装置や材料は今なお競争力を持ち、世界シェアも高い。TSMC熊本工場の新設に合わせ、半導体製造装置メーカーや材料メーカーが相次いで九州に拠点を新設するなど、エコシステム(生態系)も構築されつつある。

 日本の半導体産業は世界トップの台湾企業の力を借りることで、復活に向けて大きな一歩を踏み出した。