海外からの直接投資が増えるメキシコ

 【サラマンカ市(メキシコ)=織部泰】日本の自動車産業によるメキシコへの投資が注目されそうだ。米国で人件費の高騰が続き、自動車部品メーカーは北米地域で生産品目の入れ替えを急ピッチで進める。ただ、完成車工場の新設や生産移管はそう簡単ではなく、欧米の自動車メーカーが電気自動車(EV)の生産投資を相次いで表明する中、日本勢は特段の動きを見せていない。ただ、大半の日本メーカーにとって米国はドル箱市場だ。人件費の高騰やEV対応、通商リスクにメキシコ事業をどう活用していくかが問われる。

 2023年1~9月の欧米やアジアなど、海外からメキシコへの直接投資は329億㌦(約4兆9千億円)。過去最高だった13年の水準に近い額だ。背景にあるのが米国での人件費高騰や人手不足。昨年、全米自動車労組(UAW)は向こう4年半で25%賃上げすることで米国の自動車大手3社と合意した。この影響は米3社にとどまらず、米国に進出するトヨタ自動車やホンダ、日産自動車、そしてサプライヤーなどにも賃上げが連鎖している。小糸製作所の加藤充明社長は「受注は拡大し、売り上げは増えるものの、利益が増えないという悪循環に陥った」と嘆く。

 米国生産の受け皿になっているのが相対的に人件費の低いメキシコだ。消費地の近くに生産拠点を置く「ニアショアリング」の趨勢(すうせい)も追い風に投資が増える。曙ブレーキ工業は米ケンタッキー州の工場を閉鎖し、生産設備をメキシコ工場に移す。パイオラックスもグローブボックスの開閉機構など、人手がかかる部品の生産をメキシコ工場に集約する方針だ。

 メキシコ政府も産業振興の好機と捉え、昨秋には税制優遇を導入するなどして企業進出を支援している。

 自動車メーカーでは、米EV大手テスラが昨年3月にEV工場の建設を表明した。中国・比亜迪(BYD)もメキシコでのEV生産について検討していることを一部メディアが報じた。フォルクスワーゲン(VW)やBMWなどもEV生産に投資する計画だ。北米自由貿易協定(NAFTA)に代わり発効した「米国・メキシコ・カナダ協定」(USMCA)でメキシコ製乗用車の関税が免除されることも追い風にEV関連の投資が増えつつある。

 一方で、日本の自動車メーカーは総じてメキシコへのEV投資に慎重で、ハイブリッド車(HV)を含めた電動車に関する追加投資をトヨタが23年6月に発表したくらいだ。ただ、メキシコ工場の稼働率が低いわけではない。例えば、トヨタは年産能力29万8千台に対して25万台を生産する。ホンダも同20万台に対して17万台。いずれも8割台の稼働率を保っている。

 各社が投資に慎重なのは、今年11月に予定される大統領選挙の影響もありそうだ。トヨタは過去にメキシコ工場への投資を表明したところ、トランプ大統領(当時)の批判を浴び、投資額の変更や生産車種の変更などを余儀なくされた。反EVや輸入品への高関税をチラつかせるトランプ前大統領。政権交代への警戒感は強い。USMCA加盟のカナダも多額の助成金でEV工場の誘致を図っており、悩みどころだ。政府支援や材料調達などで有利とみたホンダはカナダでEV工場の建設を検討している。

 多くの日本メーカーにとって、今後も米国市場の重要性は変わらない。北米でEVや車載電池のサプライチェーン(供給網)をどう築くか、ここ数年が勝負どころと言えそうだ。