現代自動車は「アイオニック5」などで日本の乗用車市場に13年ぶりに再参入した
非連続で成長したソニーグループはホンダと提携してEVに参入する

 ソニー(現ソニーグループ)の元社長で6月2日に死去した出井伸之氏は、1995年に14人抜きでトップに就任すると、インターネットにいち早く着目し、関連事業を展開した。家電メーカーだったソニーで、当時は関係性が薄かったインターネットやデジタル関連事業の基礎を築いた。そのソニーは2022年3月期に営業利益1兆円超を達成、製造業でトヨタ自動車に次いで2社目の大台突破となった。稼ぎ頭となっているのがインターネットを活用した映画、音楽、ゲームなどのエンターテインメント事業で、これらを育成してきたのが出井氏だ。皮肉にも家電事業のつまずきで業績が悪化し、出井氏の経営責任を問う声が高まったが、非連続のイノベーションに挑戦してきたことが今のソニーの強さにつながっている。

 ソニーが次に注目しているのが電気自動車(EV)だ。自動車市場では、すでに非連続の変化が始まっている。新型コロナウイルス感染拡大に伴うサプライチェーンの寸断や長引く半導体不足、高騰する原材料などで多くの自動車メーカーが苦境にある中、EV専業の米テスラの業績は好調だ。22年1~3月期のEVの販売台数が前年同期比68%増の31万台となり、売上高が同81%増の188億㌦、純利益が同7・6倍の33億㌦と、四半期ベースで過去最高となった。数年前まで赤字続きだった姿からは想像できない状況で、22年にはスバルの世界販売台数を上回る規模に成長することが予想されている。

 テスラの業績を支えているのが二酸化炭素(CO2)をはじめとする温室効果ガスの排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラル社会に向けた機運の高まりだ。脱炭素社会に向けて、走行中のCO2排出量がゼロのEVが環境対応車の本命となり、市場は急拡大している。

 国際エネルギー機関(IEA)が発表した「世界のEV見通し2022」によると、21年のEVとプラグインハイブリッド車(PHV)の新車販売台数は前年比2・2倍の660万台と倍増、世界の新車市場全体の約1割にまで成長した。このうち、7割を占めるEVが電動車市場全体をけん引している。同時に発表した22年1~3月期のEVとPHVの販売台数も200万台を超えており、成長が続いている。

 21年のEVとPHV新車販売の市場別では中国が同2・9倍の333万台と、突出している。世界のEV、PHV販売の約半分を中国が占めている。テスラも中国での販売台数を大幅に増やした。また、販売価格が100万円以下の低価格EV「宏光MINI EV」を販売するゼネラル・モーターズ(GM)も出資する上海GM五菱汽車が販売を大幅に増やした。中国版テスラと呼ばれる新興EVメーカーの上海蔚来汽車(NIO)は21年の販売台数が前年の2倍となるなど、地場の自動車メーカーのEV市場での存在感が高まっている。

 中国以外でも21年のEV、PHVの市場は好調に推移している。欧州は同67%増の228万台、米国が同2・1倍の63万台となっており、新車販売全体に占める比率も欧州が17%、米国が4・5%と、着々とEVの市場は拡大している。

 先進国で例外なのが日本だ。21年のEVの販売台数は2万2千台、PHVを加えても4万4千台にとどまる。新車販売全体に占める割合は0・9%だ。しかもEV販売の多くがテスラだ。

 日本の自動車メーカーの多くが環境対応車としてハイブリッド車やPHVの普及が進み、その後、徐々にEVの需要が増えていくと想定し、いきなりEV市場が立ち上がるような非連続的な需要に否定的だった。マツダ初の量産EV「MX―30EVモデル」はフル充電での航続距離が256㌔㍍(WLTCモード)で価格が451万円から。ホンダの量産型EV「ホンダe」は航続距離が283㌔㍍(同)で、価格が451万円から。航続距離が短く、価格も高いことから販売は苦戦している。トヨタ自動車も初の量産型EV「bZ4X」を市場投入したものの、国内販売はサブスクリプションとリース販売のみ。日本市場でのEV普及には時間がかかると見ているようだ。量産型EVのモデル数が限られていることもあって、日本のEV市場は欧米市場と比べて遅れている。

 それでも国内でEV市場が急激に立ち上がる可能性もある。それを予見させるのが韓国・現代自動車(ヒョンデモーター)の約13年ぶりの日本市場再参入だ。現代自はグローバルで販売を伸ばした勢いに乗って01年に日本の乗用車市場に参入した。輸入元の現地法人は当時の韓流ブームに乗って韓国車の販売を伸ばすことをもくろんだものの、韓国車に対する日本のブランドイメージが低く、販売は低迷した。仕様が上級なモデルを低価格に抑えたことから個人タクシーなどの業務用車両向けの販売にとどまり、09年末に乗用車市場から撤退した。

 現代自は今回の日本市場再参入を前に慎重に準備を進めてきた。日本人ジャーナリストに現代自のモデルに試乗させて評価してもらう活動も実施してきた。3年前に現代自の要請を受けて、燃料電池車(FCV)の「ネッソ」などに試乗したが、現代自の電動技術の高さを実感したことを覚えている。現代自が日本市場への再参入を決断したのは、性能の評価に対する自信もさることながら、日本の市場の変化の兆しを敏感に察したからだ。

 現代自の日本法人が日本の市場調査を実施したところ、若い世代を中心に、韓国車に対するブランドイメージはかつてのように低くなかったという。しかも、日本の若い世代はEVやFCVへの関心が高いと判断した。そこで日本市場で販売するモデルはEVとFCVに絞り込み、販売方法もデジタルネイティブ向けにオンライン専売と、DeNAグループが展開するカーシェアリングサービス「エニカ」との協業で展開している。

 日本でもEV市場が拡大する予兆もある。日産自動車と三菱自動車が共同開発した軽自動車サイズのEV「日産・サクラ/三菱自・eKクロスEV」は受注開始から3週間で1万4千台もの受注を獲得した。補助金を適用した車両販売価格を約180万円に抑えたことが評価されている。

 かつての国内新車市場はユーザーが年齢とともに、車格の大きなクルマに上級移行するケースが主流だった。環境対応車も低燃費車、HV、PHVを経てEVやFCVに徐々に移行していくとの見方が根強く残る。脱炭素社会に向けた機運が高まる中、国内市場でも環境対応車としていきなりEVを購入する人が増える予兆はある。先が読みにくい時代、非連続のイノベーションにチャレンジすることこそ、一歩抜け出すチャンスになる。

(編集委員 野元政宏)

(2022/6/20修正)