奈良スバル(高木信一社長、奈良県橿原市)が、「てんとう虫」の愛称で親しまれた名車「スバル360」のレストアに取り組んでいる。2023年に迎えた創立70周年の記念事業として立ち上げたプロジェクトで、同社としては初の挑戦となる。プロジェクトリーダーに選任された整備士らの手により、車両は本来の姿を徐々に取り戻しており、25年4月の完成を予定している。その注目度は高く、作業を進める奈良店(奈良市)のサービス工場には、復元作業を一目見ようと多くの〝スバリスト〟らが訪れるほど。完成を待ち望む声も多数寄せられている。
「当時は大事に乗っていたが、放置状態となってしまっているスバル360がある。奈良スバルで役に立つのであれば活用してほしい」との顧客の声から、「スバル360レストアプロジェクト」は動き出した。要望を受けた整備部品部の萱原正啓副部長は「『お客さまの思い出の詰まった車両をよみがえらせたい』『多くのお客さまにスバル360を見てもらい、もっとスバルを好きになってほしい』との思いで引き受けた」と振り返る。
譲り受けた車両は、1967年式のK111型。長年、屋外で保管されていたこともあり、エンジンはかからない状態で、車輪とブレーキが固着し、足回りなど各部品にさびや腐食も目立ったという。
2023年10月に第1回目のレストア作業を実施し、まずは内外装やエンジンなどの分解から始めた。以降、月に1、2回のペースで修復を進めており、現在は6、7割の進ちょく率だという。
作業に当たっているプロジェクトリーダーは計8人。レストアに興味や関心がある整備士を募り、各店舗から1、2人ずつ選んだ。若手からベテランまで幅広い年齢層で構成しており、入社3年目のスタッフも3人加わっている。萱原副部長は「整備技術を伝承するとともに、若手メカニックが自動車や整備に対する向き合い方、考え方を変え、大きく成長できる機会だと考えている」と、プロジェクトに込める思いを語った。
1958年に誕生したスバル360は、〝マイカー〟という庶民の夢を叶えたクルマとも言われる。コンパクトながら4人乗りという実用性や高い走行性能、快適な乗り心地などを兼ね備え、高い評価を得た。エンジンや各部品の修復に取り組む中で、それらの技術に触れた整備士らも、当時の開発者の努力を実感しているという。熟練の技でチームをけん引する松井智宏さんも「クルマの原点ともいえる技術が多く詰まっている。キャブレターの仕組みなど、特に若い世代に自動車の基本構造や歴史を学んでもらい、その魅力を知ってほしい」と話す。
ただ、復元作業は困難を極めている。部品探しだけではなく、さび落としやクリーニング作業にも時間を要している。専用の整備機器がないことで、手作業となる工程も多いという。それに拍車をかけているのが、情報の少なさだ。作業開始前は、ページのちぎれた整備マニュアルがあった程度。インターネットのほか、スバル360の整備経験がある役員や板金塗装に携わっていた整備士などの記憶や知識をたどり情報をかき集めた。取引先も協力したほか、車両構造や整備方法が書かれた当時のカー雑誌を持参した顧客からの情報提供もあった。レストア車両は多くの思いを乗せ、再出発の時を待っている。
作業の様子は動画共有サービス「ユーチューブ」の公式チャンネルやホームページなどで発信しており、メンバーらの活躍を伝えている。完成披露後は県内イベントでの展示のほか、構内での試乗会なども検討している。萱原副部長は「完成後、まずはメンバーに大きな達成感を味わってほしい。そして80、90、100周年と、レストアで得た知識や技術が大切に引き継がれるよう取り組みたい」と語った。
(関西支社・室 翔大)