リンスホーテン「東アジア図」。左上の〝エビ〟が日本
ブランクス/モレイラ「日本図」
床上に展示する「伊能図」と佐藤渉館長
メールラ/ドゥクテム「世界図」

 ゼンリンの「ゼンリンミュージアム」(佐藤渉館長、北九州市小倉北区)は、愛好家をはじめ地図文化に関心を持つ人にお馴染みのスポットだ。2020年春のオープン以来、常設展に加えて企画展を催し、地図が持つ資料的な価値や文化的な意義を発信してきた。地図は、カーナビゲーションやスマートフォンをはじめとしたデジタル機器の普及とともに、ニーズと利用環境が大きく変化した。同ミュージアムは、こうした地図の役割や楽しさを感じてもらえる「大人」向けの施設といえそうだ。

 ●資料館をリニューアル

 ミュージアムが入居するのは、北九州のランドマークとなっている複合施設「リバーウォーク北九州」の一角。元は、住宅地図で知られる同社の足取りなどを紹介する「ゼンリン地図の資料館」で、それが〝ミュージアム〟リニューアルされた。

 展示コンセプトは「世界と日本の歴史および、歴史を映し出す地図の紹介」というもの。資料館当時と比較して展示面積・点数を大幅に拡大し、16~19世紀に作られた西洋製の日本地図や「伊能図」をはじめとする国内製の地図の変遷を、歴史とともに紹介している。

 また地図文化の振興拠点として、資料の保存や公開、情報発信に注力。「地図文化を後世に継承することが地図会社の役割」との考えから、「ゼンリン地図の資料館」を中心に続けてきた取り組みを発展し、「人々の文化的で豊かな暮らしに貢献していく」ことを目指している。

 ●世界の中の日本

 展示のスタート地点となるコーナー「イントロダクション」では、文字よりも古いとされる地図の歴史や地球球体説、宗教的世界観など、世界各地の文化的な背景を映し出す多彩な地図を概観する。

 次の〝章〟「世界の中の日本」では、まず西洋社会において想像で描かれた「ジパング」が、海外との交流が進む中で正確に描かれ始めた様子を紹介。そして「鎖国」で再び遠い存在となっていく過程と、世界地図最後の空白域「日本の北方領域」が解明されていく流れを「地図」を通じて紹介する。

 その中に登場する「東アジア図」(1595~96年)は、オランダ人のヤン・ホイフェン・ファン・リンスホーテン作「東方案内記」に収録された付図。東方貿易を独占していたポルトガルの機密情報(海図)を写したとされる。日本はエビのような形で描かれたため「エビの地図」として親しまれている。主要港や布教拠点、当時の共通通貨で日本が世界産出量の3分の1を占めていた銀の鉱山が描かれ、西洋からの関心事項がわかる。この「東方案内記」はヨーロッパ各地で出版され、各国の東アジア進出に寄与することとなった。

 この章のもう一つの目玉は、ブランクス/モレイラ作「日本図」(1617年)。地図は通常、複製され流通するが、同地図は世界でも珍しい「1点モノ」だ。これには背景がある。モレイラは16世紀後半、日本に長期滞在した唯一の西洋人地図製作者。世界で初めて実態に近い日本図を作った。日本の教会史に挿入するためとみられるが、幕府の禁教政策の影響などで書籍は未刊行に終わった。このため、試し刷りの地図1点が残るという「数奇な運命」(同ミュージアム)となった。

(次回は11月20日付、地図画像はゼンリンミュージアム提供)。

(編集委員・山本 晃一)