商用車はFCV化の利点が明確だ

 燃料電池車(FCV)をめぐるトヨタ自動車とBMWの協業が10年越しにようやく前進する。協業の背景には、急成長が期待されていた電気自動車(EV)需要の失速がある。BMWにとっては母国の欧州でEVシフトのシナリオが崩れた格好で、FCVで協業してきたトヨタと関係を強化するのは自然の流れだ。トヨタにとってもFCV関連部品の供給先が増えるメリットがある。ただ、今のトヨタは商用FCVの普及を優先させている。協業の成否は、水素エンジンやインフラを含め、どこまで幅広く協業できるかにもかかっている。

 両社は2012年に協業の覚書を結び、13年に正式契約を締結した。当時の契約内容は「燃料電池(FC)システム」をはじめ「スポーツカー」や「ポストリチウムイオン電池技術」など。スポーツカー開発はトヨタ「スープラ」とBMW「Z4」(19年)で実現したが、FCシステムの共同開発は実を結ばず、トヨタは独自開発のFCV「ミライ」を14年に売り出す。一方のBMWは、協業の枠組みでミライのFCセル(単電池)を搭載した「iX5ハイドロジェン」の実証を行っているところだ。

 FCVをめぐる環境はこの10年間で目まぐるしく変化した。かつては「究極のエコカー」ともてはやされたが、水素供給インフラ不足に加え、EVの進化で車両性能面でも差別化が難しくなった。それでもトヨタはパワートレインの「マルチパスウェイ(全方位戦略)」を掲げ、ハイブリッド車(HV)を増やすとともに20年には2代目ミライを発売した。EV需要が失速し、トヨタの戦略が正しかったことが証明されたものの、FCVの販売は23年実績でわずか4千台と、EV以上に伸び悩んでいる。

 BMWも独自に水素エンジン車やFCVの開発を進めてきたが、ごく少数のリース販売にとどまる。FC関連技術で先行するトヨタとの協業を前進させることは、BMWにとってFCVを市販するために欠かせない「ピース」であったことは間違いない。

 FCVの普及は水素社会の構築とセットで進める必要がある。現在、日本国内の水素ステーション(ST)数は150カ所を超えるが、稼働は低迷している。足元では水素価格が上昇し、割高感から〝FCV離れ〟がささやかれているほどだ。乗用車だけではなく、商用車や船舶、発電や産業用途など、水素の消費量を増やして価格を下げていく取り組みが欠かせない。

 トヨタも商用FCVの普及に力を入れている。荷室を犠牲にせず長距離を走れ、水素充てん時間が短いという明確な利点があるからだ。トヨタは世界の水素市場が30年に5兆円規模になると試算しており、特に市場規模が大きい中国や欧州をターゲットに、30年には20万基以上のFCシステムを外販する方針だ。

 乗用車メーカーであるBMWとの協業は「FCシステムの供給量を増やす」という点においてメリットは限定的とみられる。ただ、BMWとの協業を足掛かりに、水素需要の拡大が期待される欧州市場でFCVの存在感を高めることができる。トヨタが水素エネルギー活用の「次の一手」として開発を進める水素エンジン車は、フォルクスワーゲングループの商用車メーカー・マンが25年にも市場投入計画を打ち出すなど、競合他社も水素事業に力を入れ始めている。トヨタは商用車でダイムラートラックと手を組むが、BMWとの協業も前進させ、乗用、商用、インフラの全方位で水素社会の実現につなげていく考えだ。

(福井 友則)