カルテル問題を受け金融庁は損保4社に政策保有株の売却を求めた(写真は鈴木俊一財務相兼金融担当相)
トヨタ・ホンダ株の売却は損保分で総額8千億円の規模。株式市場への影響を考慮する手法が必要となった

 損害保険大手4社と、トヨタ自動車、ホンダが互いに政策保有株の売却に乗り出した。ホンダについては損保4社との資本関係が解消された。背景には損保大手4社の不祥事で、合計9兆円の政策保有株を今後6年程度でゼロにせざるを得なくなったことがある。トヨタ・ホンダ株という「一丁目一番地」から挑んだ形で、売却額は損保分で総額8千億円になる見込み。また、損保4社が持つ政策保有株の中には合計で1300億円超の非上場株式もあり、簡単に売却できない課題も表面化してきた。政策保有株の解消が企業関係にどのような影響を与えるのか注目される。

 大手損保4社は、法人向け保険の価格調整(カルテル)問題で2023年12月に金融庁から行政処分を受けた。損保はあらゆる分野の企業がビジネスの対象になるため、各社とも各分野の主要企業の政策保有株を持つ。カルテル問題に関する金融庁の調査では、政策保有株の多寡で取り引きが決まる面もあり、健全な競争が阻害されていることが分かった。このため金融庁は政策保有株の売却を進めるよう方針を示した。

 損保4社が持つ政策保有株には自動車関連企業のものも多い。4社とも正味保険料収入の約半分は自動車で、多くは保険代理店で販売してもらっている。全国に約16万ある代理店の55%(22年度末)はディーラーや整備工場など自動車関連だ。ディーラーは契約上、メーカーとの関係が深いため、損保は自動車メーカーの株式を所有していた。

 一方、MS&ADインシュアランスグループホールディングス(HD)にはトヨタが約1割を出資していた。傘下には三井住友海上火災とあいおいニッセイ同和損害保険があり、トヨタは歴史的に三井グループとの関係が深い。またトヨタは、あいおいニッセイ同和の源流の一社である千代田火災の大株主だったことも背景にある。 トヨタやMS&ADHD、東京海上HDなどが24年7月23日に同時に公表した内容によると、損保側は24年1月に保有株の一部売却の意向をトヨタ側に伝えた。トヨタは「企業運営に対する規律を高める観点からも企業価値創造に資する」と受け止めた。トヨタ側も資本効率を高めることなどの理由で政策保有株を減らしており、所有する2つのHD株を売却したいと伝えた。

 売却の手法や数量、公表日などについて協議を重ね、交渉開始から半年、最終的に株式公開買い付け(TOB)の公表は同年7月23日となった。買い付け期間は翌24日から8月26日までとした。

 また、株価への影響を抑えるため、互いに放出する株をTOBし合う珍しい方式になった。買い付け価格は、直近の株価から1割引いた2781円とし、一般株主からのTOB応募がないようにした。

 トヨタ株の売却見込み額はMS&ADHDが約2800億円、東京海上HDが約2400億円。トヨタも、MS&ADHDの株の一部と、東京海上HDの株全てを売却する予定だ。

 なお、損害保険ジャパンもトヨタ株を保有するが、今回の対応の経緯や今後の方針などについては「個別銘柄のコメントは差し控える」としている。

 さらに、損保4社は所有するホンダ株の全てを、ホンダの合意を得た上で7月に売却した。銀行などが所有するものを含めていったん証券会社5社が買い取り、需要状況を調べた上で売り出す方式を採用。約5千億円分が売られた。このうち損保分は2800億円だった。ホンダも、損保4社の親会社3社の株式を全て売却した。

 損保各社との今後の関係についてトヨタは「株式の保有有無で取り引きを見直すことはない。これまでの信頼関係をベースに長期安定的な取引関係を継続できると考えている」としている。ホンダも「関係に変化はないと考えている」とコメントした。

 政策保有株の売却では別の問題も表面化してきた。東京海上HDの7月の発表資料には、「政策保有株式ゼロ」は目指すものの「非上場株式や資本業務提携による出資等は除く」という表記があった。「非上場株は売却が難しいため29年度末までにゼロとする対象からは外しているが、削減の取り組みは行っていく」という。関係者によると、非上場株は譲渡制限付きも多く、発行主体に買い取ってもらうか、発行主体が納得する買い取り先を個別に見つけなくてはならない。売却を打診したところ難色を示された例もあるようだ。

 MS&ADHDとSOMPOHDは、上場、非上場問わず売却していく方針を示しているが、目標の期限までに売却できるかどうかは不透明だ。

 政策保有株の売却で生じた利益の使い方も焦点となる。株主に還元するほか、ITを活用したサービスの強化や人材採用・育成などの投資にも充てる考えだ。今後、自動車保有台数の減少などで国内の自動車保険市場の縮小が避けられない中、貴重な原資の生かし方次第で今後の成長に差が出る可能性もある。

(編集委員・小山田 研慈、諸岡 俊彦)