国内ピストンリング大手3社がデジタル技術を駆使した開発の効率化を急いでいる。エンジン開発事案の減少やカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)に備える一方で、シミュレーション技術などを社内に幅広く応用し、非エンジン部品事業を強化する狙いがある。
こうした取り組みの背景には「環境対応」と「電気自動車(EV)シフト」がある。これまでは開発工程で実機による試験や評価が欠かせなかった。昼夜を問わずエンジンを動かすことが半ば常識だったが、今は環境への配慮もあり、これまでの開発で得たデータでオイル消費のメカニズムを可視化するなどし、シミュレーションで代替する傾向にある。国内外の既存エンジンに関する膨大なデータを持つことも3社の強みだ。
また、自動車メーカーによる新規のエンジン開発事案が減少しており、これまでのような手間とコストをかけられないことも、デジタル技術の活用を間接的に促している。
2010年頃からデジタル技術の活用を本格化させているリケンは、これまでの開発で蓄積した形状や材質などの情報をデータベース化し、設計変更後の結果を予測することで、ピストンリングに関する実機試験の一部を省いている。前川泰則社長は「国内外の自動車メーカーと取引があり、それぞれエンジンデータの蓄積がある。製品を作らなくても性能の変化を顧客に示すことができる」と話す。
同社との経営統合を予定している日本ピストンリングは、オイルリングと溝とのわずかな隙間からオイルが燃焼室側に流れ出す動きを計算する数式を確立した。オイル消費の予測はエンジン設計にとって重要な要素のひとつ。技術企画部担当役員付の一杉英司チーフエンジニアは「内燃機関の研究開発で広く使ってほしい」と自動車技術会などでも成果を披露している。
TPRは、技術開発部の機能開発グループを「MBD(モデルベース開発)専門部隊」と位置づけ、若手エンジニアを積極的に登用している。MBDは、コンピューター上で実物と同じ挙動を示す「モデル」を使い、シミュレーションを繰り返しながら開発する手法だ。同社では5年ほど前から本格的に運用し始め、現在では「実機評価はほぼゼロ」(鮎沢紀昭執行役員技術部門担当)という。
同社はまた、オイル消費の要因分析のほか、バイオ燃料など次世代燃料の燃焼環境の再現、グループ会社が手がけるアルミホイールやゴム製品、さらにEV向け製品の開発時の性能評価にもシミュレーション技術を幅広く応用している。
情勢が変わらなければ、2030年代には各国でエンジン車の販売規制が始まり、エンジン部品の需要減少が実体化する。一方でハイブリッド車や発電専用エンジン、建機や農機向けエンジンなどの部品は今後も一定の需要が見込まれる。開発の効率化と新規事業の育成、カーボンニュートラル対応にシミュレーションをはじめとしたデジタル技術の活用は欠かせず、各社は独自の改良を加えながらシミュレーションの精度を高め、人材を育てていく考えだ。
(中村 俊甫)