トヨタ自動車が「愛車」の脱炭素化に乗り出した。コンパクトな後輪駆動スポーツカーとして絶大な人気を誇る4代目「カローラレビン」「スプリンタートレノ」(AE86)、通称「ハチロク」を、電気自動車(EV)と水素エンジン車に改造し、東京オートサロンで公開した。EVコンバージョン(転換)を手がける企業は他にもあるが、トヨタはハチロクならではの〝走る楽しみ〟を追求したという。脱化石燃料時代が到来しても、愛車を未来に残し、運転を楽しみ続けるための選択肢を示した格好だ。
1983~87年に発売されたAE86は、後輪駆動と1・6㍑自然吸気(NA)エンジンの組み合わせで、クルマを操る楽しさを体現したスポーツカーとして人気を集めた。90年代後半にはAE86が活躍する漫画「頭文字(イニシャル)D」も大ヒットし、生産終了から30年以上が経過した今もなお根強いファンが多く、中古車価格も高止まりしている。
こうした中、AE86オーナーが脱炭素社会の未来においても、愛車を維持し続けることができるよう、トヨタ社内で有志が集まり、EV及び水素エンジン車化するプロジェクトが立ち上がった。コンセプトは①なるべくベース車を生かし、改造規模を最小限にとどめること②ハチロク本来の操る楽しさをガソリン車と同様に維持することだ。
EVは、フルサイズピックアップトラック「タンドラ」のハイブリッド車用モーターを流用した。バッテリーは重量増による運動性能の低下を嫌い、プラグインハイブリッド車「プリウスPHV」用を流用した。このため、車両重量はベース車に対してわずか70㌔㌘増の1030㌔㌘にとどめた。前後の重量バランスも極力維持したという。
最大の特徴は、ベース車のマニュアルトランスミッション(MT)を流用している点だ。一般的にEVは、モーターとバッテリーの出力コントロールで低速から高速域までをカバーできるため変速機が要らない。AE86EVは運転の楽しさを維持するため、あえてMTを残した。開発を担当したBR LE開発室の渡辺剛室長は「乗ってみるとEVだということを忘れてしまう」と話す。
水素エンジンは、音や振動など内燃機関が持つ魅力はそのままに、燃焼時にほとんど二酸化炭素(CO2)を排出しないことが特徴だ。トヨタは、スーパー耐久シリーズに参戦する「GRカローラ」に水素エンジンを搭載して研究開発に取り組んでおり、AE86水素エンジン車はこうしたノウハウを生かす。
水素エンジンは、ベース車に搭載される「4A―GEU」のエンジンヘッドやブロックはそのままにインジェクターやプラグなどを変更した。燃料電池車(FCV)「ミライ」の高圧水素タンク2本を搭載し、車両重量はベース車から55㌔㌘増ながら995㌔㌘と1㌧を切る。
水素エンジン車の開発を担当したGR車両開発部の高橋智也部長は、今回の取り組みについて「市販化することが目的かと言われるとそれは違う」と前置きした上で「保有車の『カーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)宣言』と受け取って欲しい」と話す。
EVは航続距離の短さ、水素エンジン車は出力が低いなど、商品化にはまだ課題が残る。ただ、カーボンニュートラル時代に保有車両を存続させるための選択肢を自動車メーカーが示す意義は大きい。オートサロンでの反響が、こうしたコンバージョンの事業化を左右するかもしれない。
(福井 友則)