「そのお客さまは、もう車検の予約をもらっているのでお乗り換えはないと思いますよ」。自動車販売店の若手セールスパーソンから言われました。

お客さま宅へ訪問活動をする日、「アドバイスが欲しい」と頼まれ同行することになりました。訪問先のリストを見ると、主に車検満了日が近いお客さまをピックアップしています。

その中で、ある程度年数が経過し、車検満了時期も3カ月後というお乗り換えが期待できるお客さまがいます。詳細について尋ねたところ、冒頭の「車検予約をもらっているので…」という回答でした。たしかに履歴を見ると半年前に車検の予約をもらっています。ただ、予約をもらったからと言って乗り換えがないわけではありません。

水道の調子が…

予定通り訪問活動を開始しました。何件か訪問を終え、次の訪問先はあの気になっていたお客さま宅です。到着してセールスパーソンがインターホンを押すと、平日でしたがお客さまは在宅でした。

車検予約のお礼を改めて伝え、何気ない雑談をしている中、セールスパーソンは庭の方を何度も気にかけている様子でした。お客さまは家庭菜園が趣味で、さまざまな種類の野菜の苗が植えられていましたが、どれも枯れかけていました。それを不思議に思ったセールスパーソンはお客さまに尋ねると、水道の調子が悪く水撒きができず困っており、さらにトイレの水も流れず業者を手配しているとのことでした。

車検費用確認のため、週末に事前見積に来てもらう約束を交わしてその場を後にしました。帰社後、セールスパーソンとその日の訪問活動を振り返り、先ほどのお客さまの経過年数や今までの整備履歴を確認すると、今回の車検では多くの交換部品が必要となり少々高額になるだろうと予想されます。

週末、予定通りお客さまがご来店され、車検の事前見積を行いました。見積りの間に水道修理のことを尋ねてみると、思いのほか高額な修理金額がかかりそうだと言っています。そこに車検の見積りが終え、確認してみると案の定、安心して車検を通すためにはいくつもの交換部品が必要で、お客さまの想定とは異なり困惑している様子でした。

訪問でしか得られない情報

そこで若手セールスパーソンは、経過年数から今後のランニングコストを考え「今回は車検を通さず残価設定型クレジットで乗り換え、一度に出ていく費用を抑えて、まずは水道修理を優先する」ことをお客さまに提案しました。するとお客さまはその提案に納得し、新しいクルマに乗り換えるという決断に至りました。

今回は、訪問時のふとした気付きが成約につながりました。お客さまの情報収集は、電話やショールームの対応でも得ることはできますが、訪問でしか得られない情報もあります。仮に訪問時にお客さまが不在でも、少しだけ周りを見渡してみて下さい。そこには案外お乗り換えのためのヒントが転がっているかも知れませんよ。

 

文:株式会社プログレス 江原忠宏

〈プロフィル〉えはら・ただひろ 2006年東海大学電子情報学部卒、同年国産ディーラー入社。営業職、店長を務めるも、17年5月輸入車ディーラーに転職。入社2年目に係長昇進、3年連続で販売優秀者表彰。その後人材育成にやりがいを見出し、20年プログレス入社。「人材を『人財』に」をテーマに活動中。静岡県出身、41歳。