「開発体制やサプライチェーンを抜本的に見直すべき」とベルグバウム氏は指摘するが…
中国勢の攻勢は止まらない(イメージ)

 欧州の自動車業界が理想と現実の間で苦悩している。欧州自動車工業会(ACEA)は今秋、自動車の二酸化炭素(CO2)排出削減目標について、救済措置を講じるよう欧州連合(EU)に求めた。背景には電気自動車(EV)普及の遅れや中国製EVに対する警戒感がある。ディーゼルエンジン車の排ガス不正を契機に官民でEVシフトを試み、自動車産業の主導権を握ろうとした戦略は裏目に出た。専門家は、EU加盟各国の思惑が一致していない点も指摘する。

 ACEAは「緊急対策」として、CO2排出基準の見直し時期を規定の「26年以降」から前倒しすることや、25年から適用される新たな排出削減目標に救済措置を講じるよう求めている。いずれもEVの充電インフラや税優遇措置などの「重要な条件」が欠けているからだと説明する。

 欧州自動車業界の「EVシフト」はなぜ青写真どおり進んでいないのか。ホンダでの勤務経験があり、経営コンサルティングを手掛けるアリックスパートナーズで自動車&製造業プラクティスグローバル共同責任者を務めるアンドリュー・ベルグバウム氏は「EVは以前より魅力が低くなっている」と説明する。

 EVは車両価格こそ高いが、ランニングコストはガソリン車より低いとされた。EU各国は補助金で車両価格を相殺し、EVが売れ始めれば、後は量産効果で自律的にEVシフトが進むものと期待していた。

 しかし、現実には車載電池コストが思うように下がらなかった。EVの売りだったランニングコストの低さも、ウクライナ情勢などの影響でエネルギー価格が高騰して目算が狂った。ガソリン車やハイブリッド車(HV)と比べ、今やEVの維持費が圧倒的に安いわけではない。フォルクスワーゲンやボルボ・カーズなど、30年計画の修正や撤回が相次ぐ。

 EVシフトが足踏みしているのに、減税や補助金といった普及策が加盟各国で息切れしたことも逆風だ。ベルグバウム氏はかつて税制優遇で普及したクリーンディーゼル車を引き合いに「自動車業界の変化の多くは規制によるもの。比率を変えるには何かしらの補助金が必要だ」とする。

 テコ入れ策をめぐっても加盟各国の思惑は微妙に食い違う。今年1~6月の欧州新車販売をみると、イタリアやスペインでEV比率が高まった一方、最大市場のドイツではEV販売が2桁減に終わった。ACEAの声明は、苦境が鮮明なドイツ勢が主導したとみられる。

 EUから離脱したイギリスも自国なりの思惑がある。同国はEUが10月から中国製EVに課す最大35.3%の3%の追加関税の適用を見送った。ベルグバウム氏は①英国市場の多くが輸入車であること②販売や補修業の従事者が多いこと③再生可能エネルギーへの転換をリードしたい〝プライド〟―などを理由に挙げる。自動車産業が自国経済を支えるドイツなどと警戒感の違いがあるという。

 苦境のEU勢が反転攻勢に転じるにはコスト競争力やリードタイムを縮めるため、開発体制からサプライチェーン(調達網)までを抜本的に見直す必要があるとベルグバウム氏は指摘する。もっとも外資の技術を借り、短期間でゼロから自動車産業を築いた中国と異なり、長い時間をかけて培った自国の産業構造を見直すのは容易ではなく、その機運にも乏しい。

 ACEAは、声明で「他国との激しい競争に直面する中、生産削減や雇用喪失、バリューチェーンの弱体化という恐ろしい見通しが生じる」と警告した。エンジンを狙い撃ちにしたかのような厳しいユーロ規制や炭素国境調整メカニズム(CBAM)など、露骨なEV誘導政策が仇(あだ)となったのは明らかだが、中国勢の輸出攻勢や現地生産の動きは止まらない。日本も決して対岸の火事ではない。