東南アジア市場は日系各社の金城湯池だが…(タイ)
フェルディナンド・マルコス大統領(中央)を案内する豊田章男会長(8月22日、トヨタ・モーター・フィリピンのサンタローサ工場)

 トヨタ自動車が東南アジア市場で事業基盤の再強化に乗り出している。もともと日系メーカーの金城湯池だが、各国政府の電動化政策を追い風に中国メーカーが攻勢をかけ始めた。トヨタは母国市場と同様に、現地の雇用や産業貢献を重視した経営戦略で東南アジアで盤石な基盤を築いてきた。豊田章男会長はタイやフィリピンで政府や有力企業のトップと相次ぎ会談し、産業貢献を重視する姿勢を改めて強調。ハイブリッド車(HV)を含めた全方位戦略の意義を説き、炭素への〝共闘〟を呼びかける。

 トヨタは、タイやフィリピン、インドネシアなど東南アジア各国でシェア首位を維持している。強さの秘訣は現地ニーズに適した商品展開もさることながら、長年の産業貢献で構築してきた信頼によるブランド力も大きい。

 2022年に現地法人が60周年を迎えたタイでは、東南アジアで初めて本格的に車両組立工場を稼働させ、グループ各社とともにタイ国内でサプライチェーン(供給網)を構築してきた。この結果、タイ生産車の約半分をアジアや中近東、南アフリカへ振り向ける輸出のハブ拠点にも成長した。市場占拠率が半数近くを占めるフィリピンでは、新興国戦略車「IMV」向けの変速機を集中生産している。地域のリソースに合わせて東南アジア諸国連合(ASEAN)域内で高度な分業体制を築き、効率的な車両生産とともに輸出による各国の外貨獲得を後押ししている。

 トヨタの牙城とも言える東南アジアだが、中国メーカーが電気自動車(EV)で市場の一角を崩そうとしてきている。特に攻勢を強めているのがEV大手の比亜迪(BYD)だ。22年10月に主力車「ATTO3」で市場参入したタイでは、23年1~6月の販売実績で一気に7位に浮上。マツダや日産自動車など、現地工場を持つ日本メーカーを抜き去った。トヨタ幹部も「BYDのEVは品質が高く価格は安い。耐久性はわからないが侮れない」と警戒感を強める。

 BYDは、タイ政府のEV優遇策を活用し、24年に現地に車両生産工場を立ち上げる。タイ国内の拡販にとどまらず、EV普及策を打ち出す域内各国への輸出も視野に入れている。上海汽車傘下の「MG」、長城汽車の「HAVAL」「ORA」など、他の中国メーカー車も現地で存在感を高めつつある。

 中国メーカーが東南アジアに進出する背景には母国市場の苛烈な競争がある。EVメーカーは新興勢も含め100社以上とも言われ、業界自ら過当競争を防ぐ申し合わせを結ぶなど、需要の伸びをはるかに上回る販売競争を繰り広げる。インフレ抑制法(IRA)で米国への輸出も閉ざされた中国メーカーは、母国の過当競争から抜け出し、事業成長の可能性を東南アジアに求めざるを得ない状況だ。

 トヨタは中国勢の猛追を迎え撃とうと、東南アジア域内への投資や新型車を積極的に増やしている。

 タイでは新たなコンセプトのピックアップを発表し、国民車として親しまれる「ハイラックス」のEVモデルの現地生産も計画する。フィリピンでは、工場視察に訪れたマルコス大統領を豊田会長みずから案内してまわり、同工場に対する約110億円の追加投資を直接、伝えた。24年から同工場でフィリピン市場向けの新型IMVを生産する。

 電源構成や充電インフラ、所得水準に至るまで、克服すべき課題が多い東南アジアでEVが一気呵成に普及する可能性は低く、長年にわたり事業基盤や信用を築いてきたトヨタの優位性は当面、揺るがない。失業率の悪化や廃電池の増加といった急速なEVシフトの歪みも現地当局は理解しているようだ。豊田会長はフィリピン現地法人の設立35周年式典で「私たちはクルマ以上にこの国に貢献したい。経済的な機会を促進する手助けをしたい」と強調した。

 

東南アジア各国の振興策を追い風に〝EV一点突破〟を図る中国勢に対し、脱炭素の「現実的な手段」としてトヨタが打ち出す全方位戦略をASEAN各国の政治家や行政幹部にどこまで理解してもらえるか。先進国でEV比率を高めつつ、新興国でHVの販売を伸ばして地域の脱炭素化に貢献し、再投資に必要な利益も稼ぎたいトヨタにとって、東南アジア市場の行方は電動車シフトの今後を占う試金石になりそうだ。

(福井 友則)