自動車業界でもソフト人材の争奪戦だ
トヨタ自動車「アップグレード設計」の例

 Q 最近、SDVという言葉をよく聞くけど?

 A SDVは「ソフトウエア・デファインド・ビークル」の頭文字を取った単語です。「ソフト定義型車両」という訳も見かけますが、日本語訳はまだ定着していないようで、メディアの多くは「ソフトウエアがクルマの進化を主導する」などと解説をつけています。デファインド(defined)とは「定義された」「明確にされた」という意味です。少し前は「ソフトウエアファーストのクルマづくり」とも呼ばれました。

 Q ソフトがクルマの進化を主導するとは、具体的にどういうこと?

 A SDVの概念や定義は明確に固まっていませんが「パソコンやスマートフォン(スマホ)のようになる」と言えばわかりやすいでしょう。今のパソコンやスマホはハードよりソフト(アプリ)の使い勝手が重視され、ネットワークとの常時接続を前提にさまざまなことができます。機能追加や不具合修正のバージョンアップも簡単です。企業としての立ち位置も、パソコンメーカーより米マイクロソフトやグーグルなどソフト大手が優位にあります(アップルのようにハードとソフトを手がける企業もあります)。クルマでも、性能や使い勝手を制御ソフトが左右する傾向が強まっており、コネクテッド技術の普及でネットワーク環境も整ってきました。このため「今後はパソコンやスマホのようにソフトがクルマの進化や価値を主導するようになる」という潮流を端的に言い表したのがSDVです。

 Q なぜ、最近になって流行りだしたの?

 A 先ほど説明したようにコネクテッドの普及もありますし、車載半導体などの高性能・低価格化も理由の一つです。CASE(コネクテッド、自動運転、シェアリング、電動化)が起点になっているとも言えます。さらに言えば、従来の開発手法が限界に来ていることも見逃せません。

 歴史を振り返ると、自動車の電子化は1970年代の米マスキー法(排ガス規制)をきっかけに始まりました。排ガスを減らすには燃料噴射や点火の時期をきめ細かく変える必要があり、エンジン用のECU(電子制御装置)が考案されたのです。その後も、燃費や快適性向上などのニーズに合わせ、変速機や車体、シャシー、運転席など段階的に電子制御化が進んで現在に至ります。

 この結果、今は多いもので1台に50個から100個ものECUが搭載され、通信機能の追加もあってソフトの規模を示す「ソースコード」は2億行弱までに増えました。ちなみに、アンドロイドOS(基本ソフト)が約1200万行、マイクロソフト「オフィス」が約5千万行と言いますから、その規模がわかるでしょう。今後もソースコード数は増加が見込まれており、部品とともに制御ソフトを個別に開発し、最後にネットワークで結ぶ従来の開発手法は、コストや開発効率面で限界に達しつつあるのです。

 この点、SDVなら、パソコンなどのようにハードとソフトを分けて効率良く開発できますし、ECUも減らせます。ちなみに電子車両アーキテクチャー(構造)も「ゾーン型」に変わると言われています。また、仕様の一部を公開して「サードパーティー」と呼ばれる外部のアプリ開発業者を巻き込み、スマホのように多彩なソフトをそろえることもできるでしょう。OTA(オーバー・ジ・エア=無線更新技術)を用い、不具合の修正やバージョンアップもできます。まさにパソコンやスマホのようになるわけです。

 Q なるほど。では、ハードウエアはもう重要ではなくなる?

 A そんなことはありません。パソコンやスマホも、CPU(中央演算装置)やメモリの性能が低いと物足りなくなるように、クルマもハードの重要性は変わりません。そもそも、いくらソフトが秀逸でも、ハードが持つ性能以上のものは引き出せません。ただ、これからのハードは物理的な機能や品質に加え、ソフトの進化を見越した設計が求められるでしょう。すでに米テスラは運転支援機能や航続距離の延長機能などをOTA経由で有償提供しています。日本でも、トヨタ自動車がソフトの更新や部品の追加を想定した「アップグレードレディ設計」を一部車種に採り入れ、アップグレードサービスを提供するなどの動きが出ています。

 Q 自動車業界は、SDVの流れにどう対応しようとしているの?

 A 大手の自動車メーカーはまず「ウィンドウズ」に相当するようなOSを開発中です。トヨタは「アリーン」、フォルクスワーゲンは「vw・OS」と言った具合です。パソコンなどの例を見てもわかるとおり、OSは極めて重要なソフトで、米グーグルも「オートモーティブOS」を売り込んでいます。車載OSでどこがデファクトスタンダード(事実上の標準)を握るか興味深いところですが、自動車市場の規模から考えると、数種類のOSが共存することになりそうです。

 また、先ほど説明したとおり、SDVでは新車の開発手法が変わります。部品メーカーは、ユニットごとに分かれていた開発部隊をソフトとハードで再編したり、ソフトウエア人材の採用や育成を強化したりしています。ひとくちにソフトと言っても、OSからミドルウエア、応用ソフトなどレイヤー(階層)ごとに幾つかの種類があります。メガサプライヤーの首脳は「これからはハードからソフトまでレイヤーで考え、レイヤーごとに競争と協調の最適解を見いだしていく必要がある」と話しています。

 Q SDV時代に生き残るポイントや課題は?

 A これもパソコンやスマホが参考になりそうです。メーカー目線で言えば、コモディティー(日用品)化や価格競争を食い止め、ブランド力を含めた付加価値をどう磨いていくかでしょうし、この一環としてOTAによるリカーリング(循環)事業にも注目です。ユーザー目線で言えば、ソフトの課金制度や個人情報の扱いが気になるところですし、セキュリティーリスクや修理の難易度、あるいは費用も気にかかります。ユーザーだけでなく、整備に必要な情報や機器、補修部品の供給を含めた修理性(リペアビリティー)の担保はスマホなどで「修理する権利」として欧米で法制化が進んでいます。SDVでも同じような議論が広がるかもしれませんね。