今シーズンから液体水素に切り替えるトヨタ「GRカローラ」
耐震や水素が滞留しない屋根構造、ガス検知器や消火設備などを備えた水素ステーション
FCV用タンクには多重的な安全対策が施される(豊田合成によるバースト試験後の水素タンク)

 「事故を起こしたら爆発するのではないか」―。脱炭素化に有望な次世代エネルギーの水素にはこうしたイメージがつきまとう。着火しやすいことは確かだが、実際は車両火災につながる可能性は極めて低い。車両火災は今でも年間3千件ほど起きているし、リチウムイオン電池も火が着くと消火しにくい厄介な存在だ。とはいえ、水素の活用に向け、水素ステーション(ST)、燃料電池車(FCV)とも安全対策を尽くした上で社会的受容性を醸成していく必要がある。

 スーパー耐久レース初戦を間近に控えた3月8日。富士スピードウェイでテスト走行に励んでいたトヨタ自動車の「GRカローラ」で火災が起きた。競技車にも関わらず、トヨタはすかさず火災とレースの欠場を公表した。

 トヨタが迅速な情報公開に踏み切ったのは「GRカローラ」に水素エンジンを載せているためだ。同社はカーボンニュートラル(温室効果ガス排出実質ゼロ)へ向け「多様な選択肢」を示そうと2年前から水素エンジン車をレースで走らせる。今シーズンから圧縮水素からより長距離を走れる液体水素に切り替える矢先のトラブルだった。火災原因は、エンジンに近い「フレキシブルジョイント」と呼ばれる配管部品が振動で緩み、水素が漏れたことだ。ただ、「水素リークセンサー」が漏洩を検知して0・1秒以内に水素供給を止め、大事には至らなかった。

 水素は可燃性だが、発火温度は527度とガソリン(300度)よりも火が着きにくい。空気に比べ軽さも14分の1で、仮に漏れ出しても大気中にすぐ拡散するため、密閉空間で酸素と交わらない限り、爆発することはまずない。輻射熱(熱線により直接、伝わる熱)も小さく、地下駐車場や輸送船内でFCVが火災を起こしても、隣の車両に燃え移る可能性は低い。

 ただ、常温・常圧下で気体のため、圧縮して使う。FCVでは82㍋ パスカル (約810気圧)と圧力はCNG(圧縮天然ガス)の3倍以上だ。圧縮時にガスの温度は180度にもなる。高圧下だと、水素分子が金属の強度を弱める「水素脆化(脆化)」対策も要る。

 経済産業省によると、2012年に米カリフォルニア州の水素STで水素タンクに組み込まれた放出弁が壊れ、大規模な火災が起きた。放出弁の金属部品が水素に適さない性質だったこと、漏れた水素を素早く逃すことができなかったことが被害を広げた原因だが、日本では「高圧ガス保安法」により配管材料を厳密に指定しているほか、大量流出防止装置もあり、米国のような事故は起きにくい。FCVの高圧水素タンクも衝突や火災を想定した多重の安全対策が施され、定期点検も義務づけられている。

 産業用水素を80年近く扱う岩谷産業の津吉学専務執行役員(水素本部長)は、米国で40人近くの死者を出した独の飛行船「ヒンデンブルク号」の事故を引き合いに「(水素に)悪いイメージがあるのは間違いない。ただ、われわれがビジネスしている中でそういうトラブルはほぼない」と話す。ヒンデンブルク号の事故原因は浮揚ガスに用いた水素とされたが、静電気で船体外皮の可燃性塗料が燃えたという説が今では有力だ。

 ただ、津吉本部長は、自社でトラブルがない理由を「それだけ気にしているからだ」と話し「どんなものでも使い方を間違えれば危ない。包丁でも使い方を間違えれば指を切るが、包丁がないと料理ができない。水素も『絶対に漏れない』ではなく、漏れたら分かるようにする、漏れても溜まらないようにする。二重、三重で安全を設計して運用するのがガス屋のノウハウだ」と付け加えた。

 トヨタガズーレーシングカンパニーの高橋智也プレジデントは「水素を安全に扱う岩谷産業や川崎重工業から知見を採り込み『水素は危ない』から『正しく扱えば安全』ということをやっていきたい」と力を込める。水素はガソリンや電気などと違って国民になじみのないエネルギーだけに、技術開発とともに官民で社会的受容性を高めていく努力が欠かせないと言えそうだ。

(福井 友則)