早期対応で新たなビジネスチャンスに

 日本政府が策定したグリーン成長戦略では、再生可能エネルギーである洋上風力発電を、将来の主力電源の一つとして整備する方針を盛り込んだ。30年までに発電能力を1000万キロワット、40年までに大型火力発電所換算で30基分以上となる最大4500万キロワットにまで拡大する計画だ。これによって再生可能エネルギー比率を現在の3倍となる60%にまで高めることで、EVシフトによって膨らむ電力需要を、脱炭素電源でまかなう方針だ。

 各国政府は新型コロナの影響で大きく傷ついた経済を立て直すため、カーボンフリー関連産業をリード役にしようとしている。電源構成を含めた脱炭素社会に向けた動きによって、新たな投資や雇用が生み出されるが、こうしたものには企業が積極投資しやすい。自動車業界もカーボンフリー社会に向けてこれまで以上のペースと規模で対応を迫られる。

 世界中で進むカーボンフリーに早期に対応することは新たなビジネスチャンスにつながる可能性もある。新型コロナ禍で20年の自動車市場はマイナスの影響を受けた中にあって、EV専業のテスラの20年の新車販売台数は前年比36%増の49万9550台と過去最高を記録した。テスラも新型コロナの影響で、米国工場を一時操業停止したが、それでも中国などの販売増加によって前年を上回る販売となり、脱炭素社会を先取りした取り組みが効果を発揮した。

 EV向け駆動用モーター事業を強化している日本電産は、すでに中国系自動車メーカーからの受注が急増しているという。中国や東欧に相次いで新工場を立ち上げて生産能力を増強する計画で、30年には駆動用モーターの世界シェア45%を目指すなど、脱炭素社会の到来を見据えて積極的な投資に動いている。

 また、世界では電動シフトを見込んでEVに参入するスタートアップ企業も相次いでいる。EVは構造が内燃機関と比べて簡素で、参入障壁が低いこともある。IT大手のアップルがEVを開発しており、早ければ年内にも市場参入するとの報道もある。

 内燃機関車よりも部品点数が少ないEVが本格的に普及した場合、エンジンや燃料関連のサプライヤーの事業縮小は避けられない。ただ、脱炭素社会を見据えた投資や業態転換は、大きな果実を生み出す可能性があり、エンジンや燃料関連を主力とするサプライヤーは対応を迫られる。

 自動車メーカーも同様だ。例えば自動車の材料。車体骨格やボディーパネルは多くの鋼板が使われている。一部のモデルのバックドアなどに樹脂が採用されているケースもあるが、自動車の外装材料の基本は鋼板だ。しかし、国内の製造業から排出されるCO2のうち、鉄鋼業は4割を占めており、最多だ。鉄は鉄鋼石と、石炭を蒸し焼きにしたコークスを化学反応させて抽出する。樹脂も石油由来だが、製造工程で大量のCO2を排出する鋼板を自動車に多用するのは、耐久性や加工性にメリットがあるのに加え、何よりコストが安いことが理由だ。

 鉄鋼業界では、コークスの代わりに水素を活用して鉄を製造する方法などの開発も進むが、コストとどうバランスさせるかが高いハードルにはなる。脱炭素社会に向けて自動車メーカーは調達する材料や部品についてもカーボンフリーを意識する必要がある。

 脱炭素社会に向けた大きな動きは止められない。これによって自動車業界では、従来のビジネスモデルが通用しなくなる可能性もある。ただ、大きな変化は成長に向けたチャンスでもある。EVメーカーや電動車両関連技術を持つ企業にとっては、大きく飛躍できる可能性が広がる。成熟産業とされる自動車業界だが、痛みをいとわず、脱炭素社会を見据えてどう取り組むのかが、今後の成長を大きく左右する。

(編集委員 野元政宏)