インドネシアやベトナムに先行してEV生産を拡大できるかも焦点だ

 日本の自動車メーカーや部品メーカーなどが集積し、「アジアのデトロイト」とも呼ばれるタイ。自動車生産台数は世界10位、東南アジア諸国連合(ASEAN)でもトップを走り、自動車産業とともに国内経済を発展させてきた。今はグローバルで加速する電動シフトに遅れまいと、電気自動車(EV)の国産化や普及策を打ち出す。日系メーカーの金城湯池でもあるタイはどう変わっていくのか。

 タイに進出している日系企業数は5856社(2021年10月時点)と、2位のベトナム(2306社)、3位のインドネシア(2046社)などを圧倒してASEANで首位だ。日系企業からは生産能力増強などの投資が途切れないが、一方で新規投資は近年、中国や台湾企業の存在感が増している。

 自動車産業では、トヨタ自動車やホンダ、日産自動車、マツダ、三菱自動車、スズキなどの自動車メーカーが拠点を構え、タイの自動車産業を発展させてきた。自動車生産台数の半分以上が輸出向けで、主要な輸出先は豪州だ。自動車生産台数(22年)は188万台で、新型コロナウイルス前の19年(202万台)には届かないものの、徐々に回復している。

 タイを走る車両の大半がガソリン車で、販売台数におけるEV比率はわずか1%ほど。ただ、世界的なEVシフトを踏まえ、国内でのEV生産を強化している。30年にEVの生産割合を30%にまで高める産業政策「30@30」や、36年までにEVとプラグインハイブリッド車(PHV)国内普及台数120万台を目指す「EVアクションプラン」を掲げる。

 EVでは、すでにトヨタが「bZ4X」を発売。ピックアップトラックEVを生産する計画も示しており、EVの生産・販売がこれから本格化する見通しだ。

 タイが自動車産業でASEANの先頭を走り続けるには、同じく日本の自動車メーカーなどが生産拠点を持つインドネシアやベトナムよりも、EV生産や普及で先行する必要がある。バンコク日本人商工会議所の加藤丈雄会頭(タイ国三井物産社長)は「(インドネシアやベトナムなど)EV生産国になり得る国よりも先に行きたいという(タイ政府の)思いを感じる」と語る。

 ベトナムでは、地場自動車大手のビンファストがEV生産を開始。22年11月にはSUV「VF8」の米国輸出にこぎ着けた。23年にはカナダや欧州にも輸出を始める予定だ。インドネシアの電動車普及比率は0・3%(21年)で、EVに限るとさらに少ない。それでも、35年には年間100万台のEV生産を目指す。EV部品の現地調達率を「30年以降に80%以上」とするなど、EVの国内産業化に向けた施策に余念がない。

 こうした各国の取り組みに対し、タイでもEV関連の投資奨励策を充実させ、EVの国産化を急ぐ。1月から発効した新たな奨励策では、最長で13年間、法人税が免除されるほか、設備や研究用の原材料などの輸入税も免除される。こうした奨励策を呼び水に、EV関連のサプライチェーン(供給網)を国内に呼び込む考えだ。

 タイが最優先で取り組むのはEVだが「水素」にも可能性を見いだす。1月からの奨励策では「燃料電池車(FCV)」を優遇対象に加えた。22年11月には、タイにASEAN初の水素ステーションが開設され、トヨタ自動車がFCV「ミライ」を実証的に走らせている。タイ最大手の財閥であるCP(チャロン・ポカパン)グループと組み、家畜の糞尿からできるバイオガスを用いて水素を製造したり、この水素を用いて配送トラックのFCV化にも取り組む考えだ。

 電気や水素などの新たなパワートレインでもASEANをリードし、「アジアのデトロイト」としての地位を守りたいタイ。こうした政府の方針を商機とし、中国や韓国勢も投資を増やす。タイ自動車産業の今を追った。