ショールームの商談テーブルで、お客さまと熱心に話し込んでいる優秀な若手の姿がありました。しかし、テーブルの上にあるカタログは閉じたまま。にもかかわらず若手とお客さまは楽しそうに話しています。話の内容に耳を傾けてみると、終始お客さまの趣味であるキャンプの話でした。一見、クルマを売るための商談には見えないかもしれませんが、実はこれこそが今の時代における最も新しく、そして本質的な自動車販売の姿なのです。
かつてのセールスといえばクルマ自体を語ることでした。エンジンの馬力、燃費の良さ、最新の安全装備。そうしたクルマの特徴を説明し、熱意で納得させる。それがプロの仕事だと信じられてきました。ところが、今は誰もがスマートフォンを手にしています。スペックや価格の比較は、店へ行く前にすでに終わっているのです。お客さまが自動車販売店に足を運ぶのは、単なる情報確認のためではありません。そのクルマがあることで、自分の毎日はどう変わるのかという、未来の体験をしに来店しています。
ここでご紹介したい言葉。「カスタマージャーニー」というものがあります。これは、お客さまが車を意識し始め、比較検討し、購入し、何年もかけて愛車と過ごしていく。その長い旅路のすべてを指す言葉です。先ほどの若手がスペックの説明よりもお客さまの日常に耳を傾けるのは、彼が本能的にクルマは旅の道具に過ぎないと理解しているからです。クルマというモノを売っているのではなく、そのクルマがもたらす家族との時間や一人で過ごす自由な空間という体験を売ろうとしているのです。
一台を即決させることよりも、お客さまが抱いている小さな不安を解消するために何度も連絡を取りあったり、SNS(会員制交流サイト)を通じて購入後のカーライフをサポートし続けたりします。効率という目線からすれば、それは遠回りに見えるかもしれません。しかし、彼にとって納車はゴールではなく、お客さまとの長い並走のスタートラインに過ぎません。デジタルネイティブである彼は、薄っぺらなセールストークよりも、継続的な関係性と誠実こそが、最終的に強い信頼を生むことを知っているのです。
自動車業界は今、電動化や自動運転といった技術の波にさらされています。しかし、どれだけクルマが進化しても、そのハンドルを握るのは人間であり、その隣に大切な人を乗せたいと願う感情も変わりません。自動車販売をしているセールスパーソンが向き合っているのは、鉄とガラスの塊ではなく、誰かの大切な人生の一部です。
お客さまの人生という旅を最高のものにしたい。その思いが生まれた時、ショールームは単なる売り場から、誰かの未来を輝かせる特別な場所に変わります。お客さまの旅が最高になるかどうかは、あなたにかかっています。
文:株式会社プログレス 江原忠宏
〈プロフィル〉えはら・ただひろ 2006年東海大学電子情報学部卒、同年国産ディーラー入社。営業職、店長を務めるも、17年5月輸入車ディーラーに転職。入社2年目に係長昇進、3年連続で販売優秀者表彰。その後人材育成にやりがいを見出し、20年プログレス入社。「人材を『人財』に」をテーマに活動中。静岡県出身、42歳。




















