トヨタ自動車は2026年1月7日、モータースポーツ活動のブランド名称について、トヨタガズーレーシング(TGR)を「ガズーレーシング(GR)」に戻すとともに、「トヨタレーシング(TR)」を復活させると発表した。かつてTR、レクサスレーシング、GRの3つに分かれていたブランドを「TGR」に統一したのは15年4月のこと。それから10年。なぜ再び袂を分かつ決断に至ったのか。
■モリゾウへの迎合は気持ち悪い
「モリゾウを笑顔にするために車をつくるなんて言葉は、僕は歯が浮いて気持ち悪い」。ブランド名称を変更した背景について、中嶋裕樹副社長は目の泳ぎを隠すために装着したサングラス姿でこう打ち明けた。東京オートサロン2026で取材に応じた際の一コマだ。
舞台裏で何か起きていたのか―。中嶋副社長はこうも話した。「ワンチームジャンボ(レース現場の朝礼などでチームの一体感を醸成するための掛け声)とやっているが、本気で思っている人もいれば、何となく体制に迎合しないといけないと思う人もたくさんいる」「トヨタは昔から金太郎飴みたいな会社と揶揄されることがあるが、実は個性の塊。その個性の塊を大事にしている豊田章男がいる会社にもかかわらず、個性を押し殺すような雰囲気がある」などの言葉を並べた。
中嶋副社長は技術開発のトップ。こうした辛辣な言葉を並べたのは、生粋の技術屋としての誇りをもって仕事に取り組む“現場の代弁者”であるからに他ならない。技術屋である以上、誰しも開発業務に打ち込みたい、こういう車をつくりたいと願うもの。つくりたい車をつくり、それをトヨタのマスタードライバーである豊田会長(モリゾウ)が乗って認めてもらえれば、それはうれしいと感じるものだ。
中嶋副社長が感じていたのは「モリゾウのためにとか、そう思う人たちもいるが、やっぱり技術屋としての誇りを持って車をつくっている人もたくさんいる。僕はここを大事にしないといけない」ということ。ドイツ・ケルンにある研究開発拠点「トヨタガズーレーシングヨーロッパ(TGRE、現トヨタレーシング)」でも同様の空気が流れており、会長を務める中嶋副社長は「ワンチームジャンボを言う姿を見て『いや本気か?』と。そんなこと気にしなくていいから、もっとやりたいことをやりましょうよ」と感じたという。
現場に漂う違和感を感じ取り、その声や思いを届けなければならない―。中嶋副社長は豊田会長に「みんなが迎合してモリゾウさん、モリゾウさんと言っているのは気持ち悪い」と直接話したことを明らかにした。TGREについても「名前を変えて立ち上げさせてくれ」と直談判。豊田会長は「現実に起きているリアルストーリーならばやればいい」と答えたという。
東京オートサロンでは、GRブランドの豊田会長とTRブランドの中嶋副社長の社内抗争として演出したものの、2人の間では「だよね、だよねという感じで話が進んだ」と中嶋副社長は明かす。個性の塊を大事にする豊田会長だからこそ、現場で起きている違和感をすでに感じ取っていたのかもしれない。
モータースポーツを起点にしたもっといいクルマづくりを進めるGRブランドと、世界耐久選手権(WEC)を中心にエンジン開発に取り組むTRブランドとが袂を分かつ決断は、トヨタのモータースポーツ活動を支える現場の技術者が抱く違和感を解消し、その思い、願いを形にした結果とも言える。
■喧嘩は下意上達の象徴
経済情勢や株価に影響を与えることは少ないモータースポーツ活動だが、経営判断に至る経緯や内情を幹部がここまでつまびらかにするのは珍しい。しかも、社内抗争として広く一般に見せた。中嶋副社長が言及したもう一つの理由が認証問題だった。
「現場で起こっていることがストレートに上がる会社にしなければならないし、トップマネジメントが現場に降りていかなければならない。それがなかなかできていなかったのが認証問題だった」。
そう認識しているからこそ、大企業の副社長が会長に面と向かって宣戦布告するという、事実に基づいたストーリーを演出することで、今のトヨタは喧嘩ができるほど下意上達の雰囲気になってきていると伝えたかったのかもしれない。
中嶋副社長自身「今のトヨタは規模が大きくなりすぎて『そういうことができるんだろうか』とクエスチョンマークを持っている人たちがたくさんいる」と見ている。だからこそ、今回「言ってもいいんだよ」というメッセージをブランド名称に伴う喧嘩に託した。
(編集委員・水町友洋)




















