団塊世代が20歳代の半ばから後半となった1972年、日本の映画史上に残るカーチェイスシーンを収めた映画「ヘアピン・サーカス」が劇場公開された。日本初の国際レーシングコース・鈴鹿サーキットの62年開設から10年。この間、日本最高峰の自動車レースである「日本グランプリ」が63年にスタート。高度経済成長期の中で、日本の自動車メーカーはスポーツカーの開発やレースへの参戦に力を入れ、スポーツカーやレーシングドライバーは、団塊世代を中心とする若者たちにとって憧れの存在となった。乗用車の家庭への普及が進み、モータリゼーションの発展を背景に高速道路の開通など道路整備の拡充も進展した。一方で公道において違法な走行を繰り返す若者たちが現れるようになる。このような社会情勢の中でヘアピン・サーカスは、現役のレーシングドライバーとレースクイーンを主役に起用し、67年発売のトヨタ「2000GT」と、71年発売のマツダ「サバンナ」の公道バトルを最大の見せ場として制作された。当時の自動車と自動車文化だけでなく、社会情勢を語る上で欠かせない映画作品となっている。
【ストーリー】
自動車教習所の個人指導員・島尾俊也(見崎清志)は、かつてレーシングドライバーとして活躍していたが、レース中にライバルを事故死させたことが心の傷となって引退して以来、無気力な毎日を送っていた。ある日、島尾は1年前に運転を教えた若く美しい女性・小森美樹(江夏夕子)と再会する。彼女は黄色いレース仕様のトヨタ「2000GT」に乗り、首都高速道路でカモを見つけては挑発し、競争を挑んでは相手を事故に追いやるグループを率いていた。そのグループは、2000GTに加えてアルファロメオ「ジュリエッタ スプリントGT」、トヨタ「セリカ 1600GT」の計3台の四輪と、二輪のホンダ「ドリーム CB750FOUR」で組んでいた。美樹は島尾をグループに引き込もうとアプローチしてくる。美樹には島尾の心を動かす魅力があったが、島尾は誘いを断り、美樹に暴走行為を止めるように忠告した。
だが、美樹たちの行動はエスカレートしていく。島尾は美樹に公道での暴走行為の恐ろしさを教えようと、以前所属していたレーシングチームから最新のレース仕様車であるマツダ「サバンナ RX-3」を借り、一人で美樹たちを待ち受ける。やがて、美樹たちグループと島尾との公道バトルが始まる。
【解説】
映画「ヘアピン・サーカス」は、現役のレーシングドライバーが出演し、スタントマンを使わずに実際にハンドルを握ってカーチェイスシーンを撮影した珍しい作品でもあった。そのレーシングドライバーたちは、トヨタ自動車工業(現トヨタ自動車)のクラブチームであったTMSC-R(トヨタ・モーター・スポーツ・クラブ・レーシング)の見崎清志、同じTMSC-Rに所属し、後にモータースポーツ関連会社のトムスを創業した舘信秀、富士スピードウェイでのレースで活躍していた佐藤文康。さらにA級ライセンスを持つ女優で72年度「富士スピードウェイレースクイーン」でもある江夏夕子を起用した。
現役レーシングドライバーの起用は、トヨタのワークス格のチーム・トヨタでドライバーとして活躍し、その後に映像製作会社を立ち上げた大坪善男が決めたとされる。また、劇中で使用された2000GTは、大坪がチーム・トヨタを去る際に譲り受けた3台のアルミボディーのレース用車両を組み合わせて製作された。
劇中のシーンのうち、見崎がレーシングカーで走行するシーンは、実際に見崎が出場したマカオグランプリで撮影した映像を使用。このレースで見崎は3位入賞を果たしている。また、首都高速道路を2000GTが疾走するシーンは大坪がハンドルを握って撮影。首都高速は68年に神奈川県内で初の区間も開通し、劇中で美樹たちグループは東京から横浜にかけて暴走行為を繰り返した。2000GTとサバンナが雪上を絡み合うように走るシーンは群馬県の赤城山で撮影された。
【車】
トヨタ「2000GT」MF10型(1967年発売)
2000GTは64年、トヨタがヤマハ発動機の協力を得て開発を開始。高性能なクーペスタイルのグランツーリスモとして、67年5月にトヨタ自動車販売(同)が国内で発売し、70年に生産終了。総生産台数337台のうち100台強が北米などに輸出された。排気量1988cc、最高出力110キロワット(150ps)の直列6気筒DOHCガソリンエンジンを搭載。最高速度は時速220キロメートル、時速100キロメートルまで8.6秒で加速するなど、当時としては世界トップクラスの性能を誇った。このエンジンの高性能化にヤマハ発が二輪のレースで培ったDOHCの技術が用いられたとされる。
2000GTの開発は、トヨタの技術力を世界に示すことが狙いであった。このため発売までの間に、プロトタイプの車両で走行速度の世界記録樹立や国内外レースへの参戦などに取り組み、華やかな成績を収めた。レースデビュー戦として出場した66年の第3回日本グランプリでは、後に映画「ヘアピン・サーカス」のオートモビル・ディレクターを務める大坪善男もドライバーの一人としてハンドルを握り、総合3位を獲得して技術力をアピールした。
【作品データ】
作品名:ヘアピン・サーカス
製作年:1972年
製作国:日本
上映時間:84分
配給:東宝
ジャンル:カーアクション、人間ドラマ
【スタッフ&キャスト】
監督:西村潔
オートモビル・ディレクター:大坪善男
出演:見崎清志、戸部夕子、江夏夕子、睦五郎、笠井紀美子、佐藤文康、舘信秀、有山直樹
(遠藤 幸宏)

















