Q ホンダ・日産自動車の経営統合で話題になった鴻海って、どういう会社なの?
A パソコン部品やゲーム機器、スマートフォンなどの生産を請け負う台湾企業で、中核である鴻海(ホンハイ)精密工業を中心に鴻海科技集団(フォックスコングループ)を形成しています。こうした業態は電子機器受託生産(EMS)と呼ばれます。悪い言い方をすれば〝下請け〟ですが、米アップルの「iPhone(アイフォーン)」など精密な電子機器を効率良く集中生産する技術には一日の長があり、売上高は日本円換算で30兆円(2024年12月期)を超え、EMSでは世界最大手です。16年にシャープを買収したことでも知られています。
Q で、なぜホンダ・日産の統合話で話題になったの?
A 鴻海の劉揚偉会長が仏ルノーから日産株を買い取る可能性に言及したためです。
鴻海は20年、自動車事業の子会社「鴻華先進科技(フォックストロン)」を設立、台湾の自動車メーカー、「裕隆汽車(ユーロン)」も傘下に収めました。今は3つの主要事業と3つのコア技術を展開する「3+3」計画を進めていますが、主要事業としてデジタルヘルス、ロボットとともに電気自動車(EV)事業を据えています。コア技術は人工知能(AI)、半導体、次世代通信を指します。この事業と技術を掛け合わせることで飛躍的な成長を狙っているのです。豊富な資金力を持つため、シャープに次いで日産に出資し、自動車事業強化への足掛かりとするのでは、との憶測が浮上しました。
Q 結局、出資はなかったようだね?
A 4月9日、鴻海のEV事業を率いる最高戦略責任者(CSO)で、元日産ナンバースリーでもあった関潤氏が東京都内でEV事業戦略の説明会を開き、本紙の単独取材にも応じました。関氏は、日産との関係について「先方(日産)が何を望まれるか(による)。われわれのコアビジネスはCDMSだ。その形で良いとなれば出資はしないし、もし『出資してほしい』ということであれば当然、検討する。工場などの設備取得もオプションになり得る。それはどの企業とのパートナリング(外部連携)でも同様だ」と説明しています。関氏はまた「(鴻海は)紳士的に臨む企業だ。合意なきTOB(株式公開買い付け)をするといった企業ではない」とも言っています。つまり、資金力にモノを言わせて相手を買収するようなことはせず、相手と協議を尽くし、互いにメリットがあるとなればカネを出す、ということを言いたかったようです。もっともホンダ、日産側は中国と近い台湾企業と組むことで、「アメリカから難癖をつけられかねない」とも警戒していました。
Q CDMSって何?
A 「Contract Design&Manufacturing Service」の略で「契約型デザインと製造サービス」と訳すときもあります。EMSの自動車版とも言えますが、EMSは一般に顧客が開発した製品を組み立てる事業を指すのに対し、CDMSは開発領域やサプライチェーン(供給網)の管理などまで踏み込んで顧客の要望に応じる事業モデルと言えるでしょう。鴻海はまた、EV事業プラットフォーム「MIH(モビリティ・イン・ハーモニー)」のコンソーシアム(企業連合)もつくり、部品メーカーや需要家など多くの企業が相乗りする形で、EV開発期間の短縮やコスト削減などを狙う取り組みも進めています。エンジン車でも少量生産車を受託生産するメーカーはありますが、多くの部品や高度な生産技術が要るエンジンがなく、ソフトウエアとの相性も良いEVだからこそ、成り立ちそうな事業モデルとも言えます。
Q で、CDMSやMIHはうまくいきそうなの?
A 自動車業界に詳しい早稲田大学ビジネススクールの長内厚教授は「エレクトロニクス機器のEMSなら経験豊富で量産に長け、優良顧客を抱え、隆々としたビジネスだが、自動車では確立された強みはない。ソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)がいくら『走るスマホ』と言われても『走る』がなくなるわけではない」と言います。一方で「自動車メーカーは従来、部品と部品をうまく調整し、『すり合わせプロセス』の中で、乗り心地や性能をつくり込み、さまざまな機能を実現してきた。『部品を単純に集めるのでは駄目』というのが常識だった。しかし、単純にすり合わせを組み合わせにするのではなくても、これまですり合わせでしか実現できなかった微妙な部分をソフトで調整することで『組み合わせでもすり合わせ同然につくれる』という発想が(鴻海の)ベースにある。事前に完璧な自動車がつくれなくてもアップデートで改善する、つまり自動車をアジャイル(迅速)に開発できる利点がある。その上、自動車の重要な技術がソフトという容易に大量複製できる技術になることで、『数の競争』がより激化する。参入障壁が下がり、自動車業界参入を目指す企業が相次いでも不思議はない」とも話しています。つまり、結論はまだ出ていません。
鴻海はEV事業で①プラットフォーム開発や量産能力の実証②大手自動車メーカーからの受注と知名度の向上③鴻海の設計やプラットフォーム、主要システムなどの世界展開―と段階的に事業を進めていく方針で、今は序盤である①の状況と言えます。
一方、自動車の水平分業モデルとも言えるMIHは、必ずしも順風満帆というわけではなさそうです。さまざまな参加者の利害を調整するのが難しいですし、鴻海自身、車体や電池、モーターなどの内製化に取り組み、米テスラや中国・比亜迪(BYD)のような垂直統合的な事業モデルを目指し始めたようにも見えます。
Q 鴻海にEVを任せるメーカー側の利点は?
A 主要国の政策や電動車シフトのペースが読みにくい中、既存の自動車メーカーは、開発や生産投資を抑えてEVをラインアップに加えることができます。また、輸送事業者なども、自社の仕様に合わせたEVを鴻海に製造してもらい、調達できるようになるかもしれません。
鴻海の関氏は①過剰生産能力や系列サプライヤー、時代遅れの技術といった「負の遺産」がない②ICT(情報通信技術)の強み③決断の早いカルチャー─などをPRしています。実力の度合いは不明ですが、AIや半導体、車載電池にも積極投資しています。
EV事業説明会では、27年までにEVバスなどを複数の車種を日本の事業者に供給する方針を明らかにしましたし、三菱自動車は7日、フォックストロンとEV供給に関する覚書を結んだと発表しました。フォックストロンが開発したEVを26年後半にオセアニア地域で発売する考えです。鴻海としては、こうした受注を足掛かりに、世界中の自動車メーカーや運送事業者などへCDMSやMIHを通じ、黒子としてEVを供給していきたい考えです。将来的には、電子機器分野と同様に、EV受託生産の市場シェアで4割を目指す目標を持っています。
Q 鴻海は自社ブランドでEVを出さないの?
A 関氏は明確に否定しています。その理由として「自社で小売りを始めたとしてもシェアはせいぜい5%程度だろう。世界で9千万台なら、このうち450万台くらい。しかし、CDMSなら将来的には40%の市場シェアを取れると思っている。その時に自社のブランドを売ったら二度と顧客に信用されない」と説明しています。
また、早稲田大学ビジネススクールの長内教授は「新製品をゼロベースで考えるには試行錯誤や無駄の許容が必要だが、鴻海はそれらはあまり得意ではない。実際、鴻海はスマホの自前ブランドを持つが、アイフォーンを造る会社とは思えないような品質だ。無駄を排除し、効率よく生産する強みを生かす。『何をつくるかは顧客が考え、どうつくるかは自分たちに任せて』というスタイル。それはエレクトロニクスから一貫している」と解説してくれました。
Q サプライヤーにとっても商機になるのでは?
A 受託生産市場の母数が何台なのかにもよりますが、鴻海のシナリオ通りにCDMS事業が拡大すれば、当然ながら部品需要も増えていくことになります。都内で開いた説明会でも、サプライヤーの担当者から取引拡大に対する期待の声が聞かれました。ただし、鴻海と取引するには「部品をより標準化・モジュール化してコスト競争力をつけること、それをグローバル供給できる体制の構築が必須だと感じた」(マーレジャパンの木下靖博社長)という指摘もあります。
関氏は「自動車メーカー、部品メーカーを経験して分かったのは、クルマが部品に合わせたほうが安くなること。使いやすいものを標準化し、同じものを使えば、EVも安くなる」と話します。ということは、マーレジャパンの木下社長が言うように納入部品も標準化が求められ、サプライヤーは部品単体ではなく、提案力やシステム統合力、供給体制などで差別化していく必要があります。
もっとも自動車は人命を預かるだけに、民生品とは桁違いの開発や製造品質が求められ、長期にわたるアフターサービスやリコール(回収・無償修理)対応も必須です。EVシフトとともに、受託生産市場が鴻海の見立て通りに広がっていくか、先行きが注目されます。