映画の中で、自動車が主人公などのキャラクターの心に大きな変化をもたらすシーンがある。自動車が持つ特長を作品づくりに生かすわけだ。2026年6月に全国公開された映画「マジカル・シークレット・ツアー」では、日産自動車のスポーツカー「フェアレディZ」の5代目モデルが大きな役割を担った。主人公の所有車ではなく、劇中での登場時間も短かったが、2児の母でペーパードライバーの主人公が、ハンドルにしがみつくように運転し、田んぼが広がる田舎道を一直線に走らせる。その姿にはインパクトがあり、フェアレディZの爆走シーンが劇中の山場をつくった。彼女はフェアレディZのハンドルを握りしめ、爽快さを感じながら心を変化させていく。スポーツカーというスタイルだけではなく、現在につながる日産のモータースポーツ活動に栄光をもたらした名機・V型6気筒エンジンの静かに響くサウンドも、そのシーンの盛り上げに一役買った。
【ストーリー】
2児の母である小川和歌子(有村架純)は、平穏な日々を送っていた。ある日、夫の小川高志(塩野瑛久)がパチンコ店で倒れ、救急搬送されたという連絡を受けた。病院に駆け付けた和歌子は、高志の勤務先であるデザイン事務所の社長である田ノ上(斎藤工)から、高志が横領で解雇されていたことを知る。夫の借金を返済するために和歌子は、3日間で収入が得られる簡単なアルバイトをすることにした。それは、シンガポールから金を密輸する仕事で、問題なく成功した。その仕事で彼女は、奨学金の返済に追われる非正規雇用の大学研究員・角田清恵(黒木華)と、貯金ゼロのキャバクラ嬢で未婚の妊婦・日野麻由(南沙良)と知り合う。簡単な仕事と感じた彼女たちは、自分たちだけで金の密輸を始めることにした。
お金を手に入れ、苦しい状況から抜け出せる機会を得たはずの彼女たちだったが、その余裕から問題も発生していく。3人それぞれの新たな人生に向けた歩みが始まった。和歌子は祖父の葬儀で密輸入のことが夫や親族たちにバレて、非難された。夫のせいで犯罪に手を染めたというのにだ。その場から逃げ出そうと建物から出た彼女の前に、葬儀に訪れた田ノ上のフェアレディZがあった。彼女は衝動的に運転席に乗り込み、アクセルを踏む。
【解説】
マジカル・シークレット・ツアーの天野千尋監督は、映画やテレビドラマなどの監督・脚本家として活躍。休業状態となった妊娠中の17年に中部国際空港セントレア(愛知県常滑市)で起きた「主婦たちによる金塊下着密輸事件」を知り、それに着想を得て、同映画を制作した。密輸事件は、主婦たち5人が、韓国から合計30キログラムの金塊(当時で約1億3000万円相当)を下着の下などに隠して密輸入しようとして中部国際空港で摘発。消費税分の利益を得ようとして関税法違反(無許可輸入)などの罪を犯した。
この事実を参考に天野監督は、密輸を企てた女性たち3人それぞれが抱える悩みや問題を背景として描く一方で、主役の有村架純が演じたペーパードライバーの主婦が、その場の勢いでいきなりスポーツカーを運転して興奮する滑稽なシーンなども随所に取り入れた。これにより社会派とみられがちなテーマの同映画を、シリアスでありながらエンターテインメント性を持つ面白いドラマに仕立て上げた。
脚本は、25年公開の映画「佐藤さんと佐藤さん」でも共同執筆した熊谷まどかとオリジナル脚本を執筆。この映画は第35回日本映画批評家大賞の脚本賞を受賞している。2人によるマジカル・シークレット・ツアーのノベライズ(小説版)も発売された。
【車】
日産「フェアレディZ」 Z33型(2002年発売)
日産は02年7月、フェアレディZを全面改良し、5代目の「Z33型」を発売した。劇中車は05年9月に一部改良して発売した中期型(05年9月~06年12月)。メタリックオレンジ色の2ドアクーペで、オレンジ色のレザーシートを用いた上級仕様の車両を用いた。パワートレインは、V型6気筒3.5リットルガソリンエンジンとマニュアルモード付5速オートマチックの組み合わせだった。
また、劇中車は、後付けの装備品として、ボディー後部にニスモ製のリアウイング、フロントバンパーには吸気口を装着。さらに車内には、オレンジ色のレザーを使用した欧州仕様のステアリングやシフトノブなど、上質なカスタマイズが施されている。「VQ型」のV6エンジンは、長年にわたって世界のベストエンジンにも選出。高回転域まで気持ちよく回るエンジンであることや、独特のエンジンサウンドを奏でることなどから、高い評価を得た。
5代目フェアレディZの開発が進められた時期は、日産が取り組んだ再建計画「日産リバイバルプラン」と重なる。この計画は予定より1年早い02年3月に達成したが、コスト削減の中で、5代目フェアレディZのプラットフォームは専用設計とはならず、01年6月発売の11代目「スカイライン」と共通のプラットフォームを採用。それまでスカイラインが参戦していたレースをフェアレディZが担うこととなった。
【作品データ】
作品名:マジカル・シークレット・ツアー
製作年:2026年
製作国:日本
上映時間:116分
配給:アスミック・エース
ジャンル:ドラマ/犯罪
【スタッフ&キャスト】
監督:天野千尋
脚本:天野千尋、熊谷まどか
主題歌:椎名林檎「ありあまる富」
出演:有村架純、黒木華、南沙良、塩野瑛、青木柚、斎藤エ、佐野史郎
(遠藤 幸宏)



















