EVシフトを誘発する石油業界が抱えるジレンマ 「風が止むとテスラが儲かる」 燃料価格高騰が引き金に

  • 企画・解説・オピニオン, 自動車メーカー
  • 2022年2月21日

 「風が吹けば桶屋が儲かる」は、一見すると全く関係ないところに影響が及ぶことを意味することわざだ。最近の事象に言い換えると「風が止むとテスラが儲かる」でどうだろうか。

コロナ禍+さまざまな危機

 原油価格の高騰が続いており、14日にはWTIの原油先物価格が7年5カ月ぶりに1バレル=95ドルを超え、100ドルの大台に迫っている。これに伴って国内外でガソリン、軽油の価格が上昇しており、家計などにも大きな負担となり、各国政府も対策に乗り出している。

 フランスではエネルギー価格の高騰を受けて、所得制限付きのインフレ手当を支給している。日本政府もガソリンの全国平均価格が1リットル当たり170円を超えたことから石油元売りに補助金を支給、卸価格の引き下げを促して小売り価格に反映させるという異例の政策の実施に踏み切った。しかし、ガソリン小売り価格の値上がりは続いており、焼け石に水だ。

 原油価格が急騰している背景には複数の要因がある。2年前の新型コロナウイルス感染が拡大したことに伴う景気の減速で燃料需要が低迷。原油価格が下落したことを受けて産油国が協調減産を実施した。その後、コロナ禍後の経済回復を見込んで原油市況は急回復したものの、産油国が生産量を大幅に増やしていないことから需給がひっ迫して原油価格の上昇を招いた。

 そこにスペインのエネルギー危機が重なった。風力発電による再生エネルギー大国のスペインだが、昨年夏、欧州の風が弱く、風力発電量が低調だった。スペインが天然ガスの調達量を増やしたことから原油や天然ガスなど、エネルギー価格の上昇に拍車がかかった。さらに原油生産量が世界3位のロシアが国境付近に軍を集結させていることによる「ウクライナ危機」もあってエネルギー価格は高騰を続けている。

 欧州では、ガソリンの小売り価格が1リットル当たり1.7ユーロ(約220円)を突破している。消費者はクルマでの外出を控えるなどの対策をとっているのに加え、ガソリンや軽油を使用しない電気自動車(EV)を購入する動きも加速、EVの販売が伸びている。

 自動車メーカー各社が半導体などの部品調達難で自動車を減産している影響から欧州の自動車販売全体の需要は低調だが、EVの販売台数は前年比6割増の122万台と大幅に増加し、EV販売比率が9.1%となった。中でもドイツの21年の新車市場は前年比10%減の262万台と前年を割り込んだものの、EV販売は同83%増の35万台となり、EV販売比率は前年の7%から14%に倍増した。高速道路料金の減免など、EVの優遇措置を設けているEV大国のノルウェーに至っては21年のEV販売比率が65%だった。

 エネルギー価格の上昇で、EVのエネルギーである電気料金も上昇しているものの、ガソリンや軽油ほどの価格上昇のインパクトはない。石油関連製品の価格上昇がEV需要の追い風になっている面は否定できない。世界的にエネルギー価格が上昇していることから、EV市場の拡大は欧州以外でも進んでいる。

 中国の21年の新車市場は同3.8%増の2627万台だったのに対してEV販売台数は同2.6倍の291万台と急増、EV販売比率が11.1%と初めて1割を超えた。米国の21年の全体の新車販売台数は同3.2%増の1493万台となったが、EVが同83%増の43万台だった。EV販売比率は2.9%となり、前年より1.3ポイントアップした。日本の21年のEV販売比率は0.9%と依然として低いままだが、欧米、中国ではEVシフトが進んでいる。

石油開発投資が急激に減少

 世界的にEV需要が拡大する中、業績を急激に伸ばしているのがEV専業のテスラだ。世界中の主要な自動車メーカー各社が半導体不足による減産で業績が伸び悩む中、21年通期の純利益が前年同期比7.7倍の55億ドル(約6325億円)と、過去最高益となった。期中のEV販売台数は同87%増の94万台と、100万台まであと一歩のレベルに成長している。

 これまで、気候変動対策として二酸化炭素(CO2)などの温暖化ガスの排出量を削減する意識の高まりからEVの普及が加速するとみられていた。しかし、エネルギー価格の上昇によって消費者が経済的な理由からEVを選択するなど、想定を上回るペースでEVの普及が進む可能性がある。12年ごろに米国でガソリン価格が高騰した時は、低燃費のトヨタのハイブリッド車(HV)「プリウス」の販売が急増した。消費者はエネルギー価格が高騰した際、燃費性能を考慮して購入するモデルを選択する。このことは今後のEV普及の追い風となる、なぜなら燃料価格の上昇は今後も避けられないとみられるからだ。

 グローバルで環境・社会・ガバナンスを考慮したESG投資が重視される中、ファンドや金融機関は、化石燃料産業向け投資から撤退するダイベストメントを進めている。この影響で石油産業の上流である石油開発に向けた投資が急激に減少している。過去、産油国が協調減産しても原油価格上昇の足かせとなっていた米国のシェールオイル開発も、資金調達難から掘削リグ数は減少したままだ。シェールオイル開発は脱炭素化に向けた機運の高まりで今後も低調に推移する見込み。さらに、石油開発事業の縮小は今後の燃料価格の上昇圧力になる。

 問題は消費者が、EVではなく、内燃機関を搭載した自動車を選択するのに、どのレベルの燃料価格までなら許容するかだ。石油業界では、水素とCO2を合成した合成燃料なら、ゼロエミッションで既存の燃料供給インフラと内燃機関車をほぼそのまま活用できるとして期待する声もある。しかし、石油連盟の試算によると合成燃料を国内で製造した場合のコストは、現状で1リットル当たり700円程度になるという。クリーン水素とCO2のサプライチェーン構築も含めて合成燃料の普及は期待できない。

 燃料供給インフラに関しても内燃機関車は不利になっている。ガソリン需要の低迷で、国内のサービスステーション(SS、給油所)数の減少は続いている。ピーク時には6万カ所を超えていたSSは現在、2万9千カ所と半分以下に減少し、市町村内にSSが3カ所以下の「SS過疎地」は全国に343市町村もある。これらの地域の住民は、遠方にあるSSで給油するなら、自宅で充電できるEVの方が利便性が高いというケースもあり、内燃機関車にとっては逆風だ。

 カーボンニュートラル社会の実現に向けて、自動車メーカー各社が消費者に受け入れられるように価格を抑えて、航続距離を伸ばしたEVを投入するとともに、各市場で充電インフラの整備も進み、段階的にEVが普及していくことが想定されている。しかし、エネルギー価格の高騰によって想定を上回るペースでEVの需要が拡大する可能性もある。EVを開発・製造する自動車メーカー、充電インフラを整備する事業者、そして脱炭素社会に向けた環境を整備する政府は、EVを巡る急激な変化に柔軟に対応していくことが求められる。

(編集委員 野元政宏)

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