トヨタVS日本製鉄は自動車産業ピラミッド構造崩壊の前兆? カーボンニュートラル時代に適した関係構築へ

 かつて「鉄の結束」と呼ばれたトヨタ自動車と日本製鉄の関係が揺らいでいる。日鉄は電磁鋼板の特許を巡ってトヨタを提訴し、さらに鋼材納入価格についても厳しい交渉が展開された。日鉄が製造する鋼材のうち、自動車メーカー向けは全体の3割を占めており、中でもトヨタは最大の納入先。トヨタにとっても日鉄は高品質な自動車を生産するために必要な材料を供給してくれる重要な取引先だ。互いに協力することで 世界市場で成長してきた両社だが、カーボンニュートラル社会に向けた電動車シフトという大きなうねりの中「盟友」関係の見直しを迫られている。

競争力高い自動車生産で結束

 自動車には車体骨格やボディーなどに使用する鋼板やエンジンなどに使用される特殊鋼、鋳鉄など、さまざまな鋼板が使われており、重量 ベースで自動車の4割を鉄が占める。

 約20年前に日産自動車のカルロス・ゴーン元会長が鋼材の調達先の絞り込みと大幅値下げを要求した「ゴーン・ショック」によって鉄鋼メーカーの再編が加速したことから鉄鋼メーカーとの関係が一時悪化したこともあった。それでも高品質で競争力の高い自動車を生産するため、日本の自動車メーカーと鉄鋼メーカーは相手の要求に対応し合って固い結束で結ばれてきた。

 その代表例が引張強度が強く、板厚を薄くしても強度が確保できるため、自動車を軽量化できる高張力鋼板材だ。高張力鋼板には、材料の金属組織に特徴があり常温で鍛造する冷間プレスと、高温に加熱した鋼板を金型で急冷する焼き入れで高強度にするホットスタンプ材がある。冷間プレスは製造が難しく、海外鉄鋼メーカーからは調達できないこともあって欧米自動車メーカーの多くがホットスタンプ材を採用しているのに対して、日本の自動車メーカーは車体骨格部品などに冷間プレス材を多用している。

 ホットスタンプ材は、材料を加熱する必要があるため、日本の自動車メーカーが最も気にする生産性が低い。ただ、冷間プレスは、高強度にすればするほど加工後、材料が元に戻る力が働くスプリングバックが起こって加工精度に影響する。日本の自動車メーカーと鉄鋼メーカーは協力して冷間プレスによる高精度な加工方法を開発、冷間プレスを活用することで競争力の高い自動車の軽量化を実現してきた。

 また、日鉄はトヨタの海外進出に合わせて海外拠点を整備するなど、海外展開でも共同歩調をとり、トヨタは日鉄の原価低減活動に協力してきた。業界を代表する日本の企業同士が盟友と呼ぶ関係にあった。そこに最初に亀裂が入ったのが材料価格を巡る交渉だ。

 生産能力が余剰となっている中国や韓国の安い鋼材価格に攻勢をかけられ続けてきた日鉄は業績が大幅に悪化。2020年3月期には4315億円と過去最大の赤字を計上した。経営の立て直しを図るため、呉製鉄所を閉鎖するなど、生産能力を削減するリストラの推進を決めたが、同時に採算が悪化している自動車向け材料の価格是正にも動いた。かつて日鉄とトヨタの鋼材価格の交渉は「チャンピオン交渉」と呼ばれ、国内の基準にもなっていた。しかし、業績低調な日鉄と、グローバルで自動車生産を拡大してきたトヨタとの間でパワーバランスが崩れ、鋼材価格の交渉の主導権はトヨタが掌握した。日鉄はトヨタの厳しい要求を受け入れざるを得ない状況が続いた。

 この状況が続けば、いずれじり貧になるとの危機感から日鉄は自動車向け鋼材の価格交渉で強気の姿勢に転じる。原材料の上昇分に加え、マージンの大幅引き上げの要求に難色を示したトヨタに対して鋼材の供給量を制限することもにおわせた。半導体不足で自動車の生産が不安定化する中、鋼材の調達にも支障が及ぶことを避けるため、トヨタは21年下期(10月~22年3月)の鋼材価格の交渉で、日鉄の大幅な値上げ要求を受け入れざるを得なくなった。

カーボンニュートラルで生き残るためには

 日鉄が鋼材供給量の見直しを示唆するほど、値上げにこだわったのは、カーボンニュートラル社会に向けた機運が世界的に高まる中、収益力を強化しなければ生き残れなくなるとの危機感が背景にある。鉄鉱石と石炭が原料のコークスを混ぜて燃焼させて酸素を取り除く製鉄は、日本の二酸化炭素(CO2)排出量全体の15%を占めており、全産業の中で鉄鋼産業は最もCO2排出量が多い。

 コークスに代えて水素を活用して製鉄のCO2排出量削減する技術の研究が進められているものの、製鉄時のCO2排出量をゼロにする技術は確立されていない。日鉄では、CO2排出量を削減する製鉄技術を実用化するのに4兆~5兆円の投資が必要になると見ている。ライバルであるアルセロールミタルや宝武鋼鉄集団は水素製鉄の実用化に向けて数兆円の投資を公表している。日鉄としても脱炭素化に向けた資金を今のうちから確保して、カーボンフリー鋼材を供給できる体制を整えなければ没落することは避けられない。

 さらに日鉄が自動車向け鋼材価格の是正に執念を見せるのは、水素製鉄などの開発資金確保に加えて、将来のカーボンフリー製鉄を安定的に供給するための試金石になるとみるからだ。カーボンフリー製鉄は、同じ品質であってもコークスによる製鉄と比べて製造コストが上昇する。日鉄としても従来のトヨタ主導の鋼材価格交渉のままではカーボンフリー化に伴うコストを回収できなくなるリスクがあると考えても不思議でない。

 これまで日本の自動車メーカーと鉄鋼メーカーは信頼をベースにした持ちつ持たれつの関係を続けてきた。それを象徴するのが日本独特の商習慣だ。海外の自動車メーカーが鉄鋼メーカーから調達する際の価格交渉は年間ベースだが、日本では年2回だ。加えて価格交渉が長引いたまま新しい期が始まると、納入した後の分に遡って合意した価格を適用するという独特の商習慣がある。契約が「絶対」の海外企業には考えられない仕組みだ。

 脱炭素社会で生き残るため、日鉄は自動車メーカーとのなれ合いをなくして、適正なマージンを確保した契約価格で材料を販売するという独立した企業同士の関係を築こうとしているようにも映る。だからこそ日鉄の電動車向けの“虎の子”の技術である電磁鋼板の特許に侵害しているとみる宝山鋼鉄製品を採用したトヨタに対して損害賠償と電動車の販売差し止めを求めて東京地裁に提訴した。

 一方のトヨタは、中国や欧州市場で電気自動車(EV)シフトが加速する中、電動化を加速するための多額の研究開発投資を迫られており、コスト低減による収益力の維持・強化に手を抜くわけにはいかない。主要取引先である鉄鋼メーカーとの協力関係もますます重要になる。

 ただ、カーボンニュートラル社会の実現に向けて本格的な普及が見込まれるEVは、自動車産業の構造を大きく変える可能性がある。自動車産業は従来、開発・生産を主導する自動車メーカーを頂点に、ティア1(一次)サプライヤー、ティア2(二次)サプライヤーなどが下層に連なるピラミッド構造の垂直統合で成り立っている。これに対して構造が簡単なEVの開発・生産では、複数の企業がそれぞれ得意領域の部品や素材を供給することでクルマを製造する水平分業型のビジネスモデルによって、競争力の高いEVを開発・製造できるとされる。そして水平分業では、従来の自動車メーカーと鉄鋼メーカーのような持ちつ、持たれつで協力する深い関係は必要なく、完成車メーカーはサプライヤーと契約によるドライな関係だけで成り立つ。

 日本の自動車メーカーはサプライヤーと現場同士が協力して商品をつくり上げる「すり合わせ」開発によって高品質な自動車を製造してきたが、EVではこれが通用しなくなる可能性もある。自動車メーカーは、カーボンニュートラル時代に適した新たな関係をサプライヤーと構築していく必要がある。

(編集委員 野元政宏)

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