EVシフトの不都合な真実 エンジン車のビジネスモデルの延長線上では存続難しく 日本メーカーも覚悟が必要

  • 企画・解説・オピニオン, 自動車メーカー
  • 2021年8月23日

 欧州委員会が環境対策政策パッケージ「フィット・フォー55」の乗用車と小型商用車の二酸化炭素(CO2)排出基準を改正し、2035年以降、すべての新車をゼロエミッション車とする改正案をまとめた。実現すれば35年以降、ハイブリッド車(HV)を含めて内燃機関を搭載する新車の域内での販売が禁止される。地元・欧州の自動車メーカーは改正案に反対しつつも、一部は規制に先行する形で電気自動車(EV)専業化を打ち出している。対照的に日系自動車メーカーでゼロエミッション車を明確に打ち出しているのはホンダだけだ。

欧米メーカーが相次ぎEV専業計画

 新しい規制案では、30年までに新車のCO2排出量を21年と比べて55%削減する中間目標が設定されている。この厳しい基準を達成するのにHVなどの低燃費車だけで達成するのは不可能。自動車メーカー各社は域内で電気自動車(EV)や燃料電池車(FCV)といったゼロエミッション車の販売を増やすことを迫られる。

 内燃機関車を排除する規制は、欧州委員会の規制案が公表される以前から、欧州の一部の国や米国カリフォルニア州などの一部地域で先行している。英国政府は30年にガソリン車、ディーゼル車の新車販売を禁止し、ハイブリッド車も35年までに禁止することを表明。カリフォルニア州知事は35年までに新車のすべてをゼロエミッション車とする知事令を発している。

 欧米自動車メーカーの一部は、こうした動きに迅速に対応、内燃機関から撤退してEV専業となる計画を相次いで公表している。フォルクスワーゲン(VW)グループのアウディは26年以降の新車をEVに絞る方針を表明。ジャガーは25年から、BMWグループの「ミニ」ブランドは30年代初頭にそれぞれEV専門ブランドとする。メルセデス・ベンツとボルボ・カーはともに30年にEV専業化する。

 欧州自動車メーカーだけではない。米国メーカーでもゼネラル・モーターズ(GM)が35年にEV専業化する方針を決めており、EVや車載用電池の開発・生産体制を拡充している。フォード・モーターは30年に環境規制が厳しい欧州市場向け乗用車のすべてをEVにする計画だ。

 先進国の自動車メーカーでは日系がEV化で出遅れていたが、欧米のEV専業化によってさらに後退した感もある。現在、日系でゼロエミッション車専業化を明確に打ち出しているのは40年に販売する車両をすべてEVとFCVにすると表明したホンダだけ。10年以上前に世界初の量産型EVを市場投入した日産自動車は、30年代初頭に主要市場で販売する新車をすべて電動車とする計画を公表しているだけでEV専業化は明言していない。日産は市場での評価の高いシリーズ式ハイブリッドシステムである「eパワー」をフル活用するためとみられる。日産とアライアンスを組んでいるせいかは不明だが、ルノーは欧州が主力市場でありながら30年までにルノーブランド車のEV比率を9割にする計画にとどめている。

 日本メーカーの中で唯一、EV専業化を打ち出したホンダの三部敏宏社長は「欧米の自動車メーカーから見れば普通のこと。(EVシフトでは)出遅れ感を持っており、これ以上遅らせると取り戻せなくなる」との危機感を持つ。

市場規模やプレイヤーの激変も

 欧米自動車メーカーがEVシフトを急ぐのは、EVの普及で市場環境やプレイヤーが激変する可能性があるためだ。自動車メーカーの一部では、EVといえども、新興企業や異業種が簡単にクルマをつくれるほど甘くないとの認識を持つが、すでにその認識にはずれが生じている。その代表格がGMも出資する中国の上汽通用五菱汽車だ。昨年7月に中国市場に投入した4人乗りEV「宏光ミニEV」は、車両販売価格が3万元(約45万円)からという低価格で大ヒットしている。21年上半期(1~6月)のEVとプラグインハイブリッド車(PHV)のグローバル販売で上汽通用五菱は20万台近くとなり、VWや中国のBYD、BMWといった並み居る大手を抜いてテスラに次ぐ世界2位となった。

 宏光ミニは低価格の電池を採用、航続距離を100キロメートル程度に抑えることで低価格化を実現して販売を伸ばしている。ホンダのEV「ホンダe」やマツダのEV「MX―30」も航続距離を短くすることで価格アップを抑えたと説明するが、ともに450万円以上と、宏光ミニとの価格差は大きく、販売実績は振るわない。そしてこの事実が日本の自動車メーカーのEV専業化に二の足を踏ませている面もある。

 日本の自動車メーカーの一部は、宏光ミニの販売が爆発的に増えていることを気にしつつも、目指している分野や顧客層が異なるとして冷ややかな視線を送る。安全・安心を最も重視する日本メーカーが基準とする品質に沿ってEVを開発・生産すると価格の上昇は避けられないからだ。脱炭素社会の機運が高まっているからといって、高価格のEVのラインアップを拡充したところで、顧客が購入してくれる保証はない。そもそもエンジンや燃料の関係部品を中心に、数多くの取引先を抱えており、EVに転換するのは容易ではない。

 内燃機関車は、3万点にも及ぶ部品を使って複雑な構造を実現する。自動車メーカーは自ら手がけた仕様書に沿って必要な部品をピラミッド型構造で取引先から調達し、開発から生産まで一貫して最終製品を組み立てる垂直統合型ビジネスを長年続けてきた。

 EVの場合、必要な部品点数が内燃機関車の3分の2から半分程度に減り、構造が簡単なことから参入のハードルが大幅に下がる。このため、EVはスマートフォンやデジタル家電で浸透した、複数の企業が同じプラットフォームや標準化した部品を使って製品を開発・製造する水平分業で効率的に製造できる。テック企業やスタートアップが相次いでEV市場に参入しているのもこのためだ。

 アップルのスマートフォン(スマホ)「iPhone」などの電子機器を手がける世界最大の受託製造会社である台湾の鴻海精密工業(ホンハイ)は、EV専用プラットフォームをベースにオープンで開発する組織を立ち上げた。異業種やスタートアップがプラットフォームや標準化した部品を活用してEVを設計、ホンハイがEVの製造を受託するというスマホで培った水平分業型ビジネスモデルの構築を目指す。これだと資本が小さくてもEV市場に比較的容易に参入できる。車台や部品を共通化するため、差別化は難しいかもしれないが、EVの低価格化を実現できる可能性は広がる。

 ホンハイの組織には日本電産をはじめ、中国や韓国の多くの自動車部品メーカーが参画している。さらにホンハイは米国のフィスカー・オートモティブが開発するEVを米国で受託生産する検討も進めており、異業種ながら市場での存在感は高まっている。EV市場への参入が噂されているアップルも自社ではEVの設計に特化し、製造については自動車メーカーなど他社に委託するとみられている。

 水平分業のビジネスモデルは構造が単純なEVだからこそ実現できる。長年にわたって関係を築いてきた取引先部品メーカーやグローバルで巨大な生産設備や人員を抱える既存の自動車メーカーが、こうした水平分業型に移行するのは大きな痛みを伴う。それでも欧米自動車メーカーやホンダはEV専業化を明確に打ち出すことで「従来の自動車産業のビジネスモデルの延長線上では生き残れなくなる」と、取引先を含めて警告しているようにも見える。

 補助金に依存しているEVが、規制当局が描いた通りに普及するかは見通せない。価格がどれだけ下がるのか、充電インフラが十分な規模で整備されるのかなど、EV普及に向けた課題も少なくない。それでもビジネスモデルを革新することで成長を遂げてきたアップル、グーグルなどのテック企業やスタートアップ企業はEV市場に強い関心を示している。第2、第3の宏光ミニが出現する前に、日本の自動車メーカーは今後向かう方向性とその覚悟を示さなければ存続さえ危うくなる。

(編集委員 野元政宏)

関連記事