メルセデス・ベンツのEQS
ワット3ワーズの位置情報サービスは自動車メーカーや地図メーカーも利用している

 運転支援や自動運転に欠かせない高精度地図や位置情報の市場が拡大している。オランダの地図データ・位置情報技術大手のHERE(ヒア)・テクノロジーズは海外自動車メーカーを中心に高精度なデジタル地図の提供を始めた。ゼンリンはパイオニアと協業し、電気自動車(EV)向けナビゲーションシステムの開発などに取り組む。高精度な地図と位置情報などを組み合わせた事業は自動車以外への応用も期待される半面、競争も激化しそうだ。

■自動車の付加価値向上に不可欠

 ヒアは、自動運転「レベル3」(条件付き自動運転)に相当するメルセデス・ベンツの「ドライブパイロット」に採用された「HDライブマップ」を開発した。「Sクラス」と「EQS」にオプションとして利用可能だ。

 ヒアはまた、商用車メーカーのスカニアやベトナムの新興自動車メーカーのビンファストにもデジタル地図技術を提供している。アジア太平洋地域担当のジェイソン・ジェムソンシニアバイスプレジデント兼ゼネラルマネージャーは「先進運転支援システム(ADAS)用マップとナビゲーションを一体化する技術が主流となってきた。自動車の付加価値向上や自動運転を高度化するのに地図データは必要だ」と話す。

 ジオテクノロジーズ(杉原博茂社長、東京都文京区)も、高精度地図事業に「2桁億円はかける」(杉原社長)と投資に意欲的だ。ダイナミックマッププラットフォーム(DMP、吉村修一社長、東京都渋谷区)との連携をさらに強化し、高速道路と一般道に対応した3次元高精度地図(HDマップ)の実用化を急ぐ。

 DMPは、日本の官民で立ち上げたHDマップの戦略会社だ。グローバルでの事業拡大やHDマップ事業の強化に向けて、みずほ銀行(加藤勝彦頭取、東京都千代田区)やSBI新生銀行(川島克哉社長、東京都中央区)などから融資を受け、資金を手厚くして開発や普及を加速させている。

 英国スタートアップ企業のwhat3words(ワット3ワーズ)も自動車メーカーや地図メーカーなどと連携を急速に広げている。同社は世界中を3㍍四方に区切り、それぞれの区画に固有の単語を割り当てるユニークな手法で位置情報をやり取りできるようにした。緯度や経度の情報をさらに簡略化した形で、住所がない場所でも容易に位置を特定したり、待ち合わせたりすることができる。

 同社のクリス・シェルドリック共同創業者兼CEO(最高経営責任者)は「普及の可能性が高い自動運転車が自律走行する上では、より一層住所を正確に特定する機能が必要だ」と話す。すでにスバルがナビゲーション用に導入した。

■電欠不安の解消にも期待集まる

 充電が必要なEV向けに、デジタル地図から得られるデータを活用する動きもある。蓄積した地図や交通インフラのデータを使い、ドライバーへ充電設備や正確な航続距離などの情報を提供するものだ。電欠に対する不安の解消につながると期待される。

 地図情報サービスを開発する米Mapbox(マップボックス)は、航続距離の正確な予測や充電設備の検索などが可能なEV向けアプリケーション「マップボックス・フォー・EV」を1月に開発した。「自動車メーカーやEV充電ステーションの運営会社などとともにアプリを提供していきたい」と同社は話す。

 パイオニアとゼンリンは、EV向けソリューション開発で提携する。充電設備の位置や混雑状況、充電料金、故障の有無などの情報を提供していく。利用者の口コミや他社データのほか、ゼンリンの「EV充電施設POI(ポイント・オブ・インタレスト)データ」も活用する。パイオニアはヒアとの提携関係を生かして海外進出も視野に入れる。

■次世代モビリティや金融ソリューションとの融合も

 地図や位置データは、自動車以外での活用も期待されている。DMPは、HDマップを「空飛ぶクルマ」やドローン、除雪車の自動運転にも売り込む。直近では、NTTコミュニケーションズやNTTドコモ東北支社などと、福島県昭和村で除雪車両を遠隔操作する実証に成功した。

 モビリティ以外の分野でも、三菱UFJ銀行とDMPがHDマップと金融ソリューションを組み合わせた事業創出に向け、合弁会社のDMPアクシズ(東京都渋谷区)を設立した。走行距離に応じた決済機能など、新たな金融サービスの開発に取り組む予定だ。

 ジオテクノロジーズは、交通量調査や出店計画に役立つクラウドサービス「道路通行量クラウド」の提供を開始した。蓄積した膨大なデータから道路単位の正確な車両通行量や人流データなどを分析・提供している。

 矢野経済研究所によると、「位置・地図情報関連市場」は国内だけで2019年度の1494億円から25年度には1906億円に拡大する見通し。グローバルでは、自動車向けHDマップに限っても「30年に2兆円規模」という見立てがある。ただ、地図やIT大手、ベンチャー、自動車メーカーなどによる提携と競争の行方はまだ混沌(こんとん)としている。レベル3以降の車両の普及度合いや、各社による事業戦略の成否が明確になるまで、勢力図はなお流動的だ。

(梅田 大希)