大学を卒業した1955年は、現在と同じ就職難の時代だった。ようやく実業之日本社に入社した私は、同誌編集長から「他の産業より理解しやすいから、自動車産業を担当してくれ」と言われた。 以来、定年退職するまで一貫して担当、独立してから「(株)自...
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