「レクサスは良いクルマだけど退屈だ」―。2011年、米カリフォルニア州ペブルビーチで開いたレクサス「GS」の発表会で豊田章男社長(当時)は現地のジャーナリストにこう告げられたという。初代「LS」で新たな高級車市場を切り開いたレクサスだったが、高級ブランドには富裕層を引きつけ続ける〝尖った〟部分が欠かせない。レクサスのブランディングとものづくりの姿勢は、「退屈」からの脱却に向けて大きく見直すことになる。
レクサスブランドが北米で誕生する5年前の1984年、トヨタ自動車は初代LSの開発に向けて「マルF(フラッグシップ)プロジェクト」に着手した。綿密なマーケティングの下、トヨタが導き出したのは、新しいプレミアムブランドを冠した「世界トップレベルのハイパフォーマンスラグジュアリーカー」だ。初代LSは日本のものづくりの〝粋〟を集め、ベンチマークとするメルセデス・ベンツやBMWをしのぐ高い品質と静粛性を実現し、たちまち北米市場で大ヒットとなった。競合の高級ブランドに多大な影響を与えることとなったLSのコンセプトは、後のレクサス車にも継承されていく。
LSに続きレクサスブランドを印象付けたのが98年に投入した「RX」だ。セダンやスポーツカーが主力だった高級車市場において、スタイリッシュなデザインながら悪路走破性も備えた高級SUVという新たなジャンルを切り開いた。相反するものを掛け合わせ、新しい価値を生む「YET思想(二律双生)」はレクサスのブランド哲学になっていく。
数ある高級ブランドの中で個性を打ち出すべく採用したのが「スピンドルグリル」だ。ベンツやBMWなど欧州勢は特徴的なフロントグリル形状が文字通りブランドを象徴する〝顔〟となっていた。レクサスは糸を巻き付ける紡錘=スピンドルから着想を得た押し出しの強いグリルを4代目GSから採用。スピンドルは現在もレクサスのデザインアイデンティティーとして採用され、現行型RXでは「スピンドルボディー」に進化を遂げている。
ただ、スピンドルグリルでプレミアムブランドとしての個性を得た4代目GSも、発表会で「退屈」だとこき下ろされてしまった。レクサスはここからブランドイメージやデザイン改革に本腰を入れるようになる。
転機となったのが2017年に発売したフラッグシップクーペ「LC」だ。トヨタの佐藤恒治社長がチーフエンジニア(CE)を務めたが、「最初に(コンセプトカーの)デザインを見た時、市販車として実際に走らせるのは到底不可能だと思った」と振り返る。車両開発の難度はかなり高かった。それでも「レクサスは変わらなければならない」という熱意から、結果的にほぼコンセプトカーのデザインで商品化にこぎつけた。LCはレクサスの「挑戦をあきらめない」ものづくりの象徴となり、結果としてレクサスを変えていく原動力となった。
24年4月、レクサスは愛知県豊田市に開設したトヨタテクニカルセンター下山に開発拠点を移した。世界屈指の難コースである独ニュルブルクリンクを参考に設計したカントリー路をはじめ、全12本の試験路を備えている。同センターに開発機能を集め、レクサス車の〝走り味〟を磨いている。渡辺剛プレジデントは下山に開発能力を集約したことで「課題はすぐにその場で即断即決で解決をして、次の方向性をつくっていくという意味では、圧倒的に開発効率は上がっている」と話す。
レクサスブランドの新たな価値を生み出す電気自動車(EV)やソフトウエア・デファインド・ビークル(SDV)の開発も下山を中心に急ピッチで進めている。電動化や知能化といった新しい競争軸では、米テスラや中国新興メーカーに加えてITなど異業種もライバルとなりうる。再びレクサスが「退屈」なブランドにならないよう、時代に先んじた挑戦は続く。
(第2部は今月中旬以降に掲載します)



















